タイトル:難聴者における情報保障の選択に関わる要因ー1事例を通した検討ー 発表者:石田祐貴(筑波大学人間総合科学研究科)、岡田雄佑(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター) ■背景と目的 ・「両耳の聴力損失が60dB未満又は補聴器を使用すれば通常の話声を解することが可能な程度」と定義される難聴学生は、高等教育機関に在籍する聴覚障害学生の約75%を占め、その中で支援を受けている学生は約62%と報告されている(日本学生支援機構,2023) ・聴覚障害学生の支援に対する受け止め方や意思表明スキルの獲得プロセスの検討では、支援の段階を経るにつれて、学生自身が支援ニーズについて意識し始め、自分に合った情報保障手段を模索し、授業形態に合わせて手段を選択する段階に至ることが示されている(有海・羽田野,2022; 吉川,2016) →本報告では、多様な情報保障を経験してきた難聴学生の1事例を取り上げ、受けてきた情報保障の変遷やそれに関わる経験を整理するとともに、高等教育段階に焦点をあてて情報保障の選択に関わる要因について事例的に検討を行った. ■報告事例に関する基本情報 【きこえについて】 ・混合性難聴(身体障害者手帳3級) ・裸耳聴力:右耳90〜100dB、左耳85〜90dB 【日常生活におけるきこえ】 ・埋め込み型骨導補聴器(Baha@Cochlear)装用 ・装用時聴力:20〜30dB(右耳のみ装用) ・日常的に音声言語でコミュニケーション ・きこえへの影響要因(雑音,物理的距離,声質とボリューム,疲労感,etc.) 【コミュニケーション手段】 ・聴覚口話(幼少期からのメイン)、手話(高校時代に習得) Table1:教育歴と情報取得方法の変遷 ※縦軸:教育段階→幼児期、小学校、中学校、高校、大学、大学特別専攻科、大学院の7項目 ※横軸:教育環境、講義・授業での情報取得手段・ツール・支援 幼児期:(教育環境)地域の幼稚園、難聴児通園施設,(講義・授業での情報取得手段・ツール・支援)補聴器 小学校:(教育環境)地域の小学校、通級指導教室(月1),(講義・授業での情報取得手段ツール・支援)補聴器・補聴援助システム(FM) 中学校:(教育環境)地域の中学校、通級指導教室(週1),(講義・授業での情報取得手段ツール・支援)補聴器、補聴援助システム(FM) 高校:(教育環境)聴覚特別支援学校,(講義・授業での情報取得手段ツール・支援)補聴器、手話 大学:(教育環境)私立大学(専攻科:社会学部),(講義・授業での情報取得手段ツール・支援)補聴器、文字通訳(ノート・PC) 大学特別専攻科:(教育環境)国立大学(専攻:特別支援教育),(講義・授業での情報取得手段ツール・支援)補聴器、文字通訳(PC) 大学院1:(教育環境)国立大学博士前期課程(専攻:障害科学),(講義・授業での情報取得手段ツール・支援)補聴器、文字通訳(PC)、補聴援助システム(ロジャー) 大学院2:(教育環境)国立大学博士後期課程(専攻:障害科学),(講義・授業での情報取得手段ツール・支援)補聴器、文字通訳(PC)、補聴援助システム(ロジャー) ※環境・状況に応じて組み合わせながら利用. ■高等教育機関の講義の受講における情報保障 【講義における情報の取得方略】 授業者の発言及びスライド・板書,etc.:メインで活用→音声・口形・パラ言語情報・視覚教材 文字通訳等の情報保障支援:サブ的に活用(未知語・聞き逃した時 etc.)→支援における文字情報 Table2:講義形態における情報保障支援の選択と活用経験 ※縦軸:支援手段、横軸:講義形態 ※◎は優先的に選択および多く活用経験あり、○は状況に応じて選択および活用経験あり. 講義形式:文字通訳(PCテイク)◎、補聴援助システム◎、支援なしで受講(支援不要)○ グループディスカッション:文字通訳(PCテイク)○、文字通訳(ノートテイク)○、支援なしで受講(支援不要)◎ 演習型講義(スポーツ、実習,etc.):文字通訳(ノートテイク)、支援なしで受講(支援不要)◎ ゼミ・研究会(15人以下):文字通訳(PCテイク)○、補聴援助システム○、支援なしで受講(支援不要)◎ 面談:音声認識システム○、支援なしで受講(支援不要)◎ 発表会:文字通訳(PCテイク)○、補聴援助システム◎、支援なしで受講(支援不要)○ ■講義における情報保障の選択に関わる要因 図:講義における情報保障の選択に関わる要因を「講義形態」、「物理的環境」、「人的環境」、「背景状況」の4つの要因に整理 講義形態:講義の形態、講義スタイル(進行方法/資料の提示方法)、資料の配布の有無,etc. 物理的環境:教室の広さ・音環境(距離/マイクの有無)、受講人数(騒がしさ)、聞こえやすい座席の確保のしやすさ,etc. 人的環境:授業者の声質・ボリューム、障害・きこえに対する授業者や受講者の理解、受講生の内訳(同学部の割合/友人の有無),etc. 背景状況:講義の位置付け(必修科目/発表会etc.)、講義日の時間割スケジュール(疲労感)、選択できる情報保障支援の種類,etc. ■リソースを主体的に活用する力を育むためにー考察 表:聴覚障害学生の支援に対する受け止め方の変化,吉川(2016)より引用 ※縦軸段階、横軸:時間 無支援〜支援認知:消極的反応 支援認知〜支援依頼〜支援体験〜要望提起:受動的依頼 要望提起〜支援活用:主体的活用 支援活用〜:共生的変革 消極的反応→面談と養成講座への参加:支援室や支援担当者とのつながり 消極的反応→行事を利用した支援体験:入学式・オリエンテーション等でのPCテイク(個別/全体,etc. 受動的依頼→大学生活全般のサポート:支援室の活用, 先輩とのつながり, 時間割作成のアドバイス,etc. 受動的依頼→自己・障害理解の深まり:聴覚障害に関する知識, 自身のことを語る機会,etc. 主体的活用→自由な選択の余地:オリエンテーションを活用した試用期間,etc. 共生的変革→さまざまな経験:多種多様な講義の受講, 支援に関する知識, 支援者養成への関わり,etc. 【文献】 有海順子・羽田野真帆(2022)聴覚障害学生の意思表明スキル獲得および活用プロセスの検討.障害科学研究,46, 13-26. 日本学生支援機構(2023)令和4年度(2022年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書. 吉川あゆみ(2016)聴覚障害学生の意思表明とその支援.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(編),トピック別聴覚障害学生支援ガイドPEPNet-Japan TipSheet 集(改訂版).筑波技術大学, 40-42. 以上