実践発表P3 発表タイトル:聴覚障害児者を対象とした歌唱指導に関する研究:内的フィードバックに着目した実践課題の探求 発表者:文教大学教育学部 小畑千尋 ■概要 「音痴」克服メソッドを活用した聴覚障害者への歌唱指導の実践研究では、音高が合う感覚を実感できる内的フィードバック能力の獲得、歌うことに対する自信に繋がることが明らかにされている(小畑 2022)。本発表では、音楽科において聴覚障害児が自身の声や歌声を肯定し、声を用いた表現活動の楽しみを他者と共有できるインクルーシブな歌唱指導法の確立に向けて、その課題について検討を行う。 ■内的フィードバックとは… 図1:音高を合わせて歌う際の内的フィードバック(小畑 2017)より引用 (図の説明:二人の人が向かい合っている図で、左側の人は、右側の人が出した声を聴き、それと同じ高さの声を出そうとしている。その際、右側の人の声は、左側の人に、空気伝導のみで伝わる。 左側の人が、右側の人と同じ高さの声を発声すると、瞬時に脳で右側の人の声と自分の声の音の高さを比較する。それが内的フィードバックである。 自分の声は、骨伝導の音と空気伝導の音が合わさって伝わる。) 表1:内的フィードバックのチェック表 (小畑 2017)より引用 (表の説明: ・実際の声の高さは「合っている」、本人の認知「合わせることができた」  →内的フィードバックができている。 ・実際の声の高さは「合っている」、本人の認知「合わせることができなかった」  →内的フィードバックができていない。 ・実際の声の高さは「合っていない」、本人の認知「合わせることができなかった」  →内的フィードバックができている。 ・実際の声の高さは「合っていない」、本人の認知「合わせることができた」  →内的フィードバックができていない。) ■重度の聴覚障害学生の歌唱指導事例 (小畑 2022)より引用 先天性の重度の感音性難聴の大学生を対象に内的フィードバック能力に着目した歌唱活動のセッションを実施。 ・期間:X年4月11日から11月20日(20回) (その後も指導は継続され、約3年半の期間に計72回実施) ・指導方法: 内的フィードバックができない対象者(聴者)のための外的フィードバック(指導者が対象者の歌唱に対して行う評価行動の中で、特に音高・音程に関するもの)を活 用した「音痴」克服メソッド(特許第5794507号)を用いた。 ①規範例示…「対象者の音高に指導者が音高を合わせて歌う」「共鳴感覚を実感させるために、同一音高で合っていることを、指導者が声量の増加で強調する」「同一音高と同一音高でない例を聴き比べさせる」などを中心とした、模範となる音高・音程を対象者に示す外的フィードバック。 ②直接的修正行動…言葉、手の高さなどで、対象者の音高・音程の正誤や高低を示し、対象者の歌唱の音高・音程に対して、直接修正する外的フィードバック。 ⇒内的フィードバック能力が獲得でき、そのことに伴い、自己の発声を受容し、「歌う」発声を楽しむ姿が認められたことから、聴覚障害者への内的フィードバック能力獲得のための指導の重要性が示された。 ■課題(A・B・C聴覚支援学校小学部での音楽の授業参観を通して) ①歌唱時における内的フィードバックについて 特にA聴覚支援学校では、曲想がイメージできるための視覚教材を用いての鑑賞指導、鍵盤ハーモニカやリコーダー、ミュージックベルなどの器楽指導、身体表現を伴った発声指導などを、それぞれの児童の感じ方を確認しながら、丁寧に指導が行われていた。 歌唱指導については、3校とも児童の内的フィードバックに着目している様子は見られなかった(そもそも、聴者の歌唱指導においても、一般的に、音高・音程を合わせて歌うことは自然にできるようになり、それができないのは歌う能力がないと捉えがちである)。 ②それぞれの児童の聴こえ方 聴覚障害児の歌唱における音高・音程の認知、同一音高で歌う時の共鳴感覚、心地よさが感じられるかどうかについては、児童によって大きく異なることが予想される(それぞれの補聴器や人工内耳などの影響も考えられる)。さまざまな聴こえに困難を有する聴覚障害児に適応できる方法論的実証研究を重ねる必要がある。 ■引用・参考文献 ・小畑千尋(2007)『「音痴」克服の指導に関する実践的研究』多賀出版 ・小畑千尋(2017)『さらば! オンチ・コンプレックスによるオンチ克服指導法』教育芸術社 ・小畑千尋(2022)「重度の聴覚障害学生の歌唱活動における内的フィードバック能力の獲得過程」『音楽教育学』52(1) 日本音楽教育学会 pp.1-12. ■問い合わせ先:文教大学教育学部 小畑千尋 メール:c-obata<アットマーク>bunkyo.ac.jp 以上