実践発表P4 タイトル:小学校通常学級で学ぶ難聴児への情報保障支援の検討~学級全体での文字情報の共有化によるユニバーサルデザイン化の試み~  発表者:奥沢 忍   茨城県つくば市立竹園東小学校 ■背景と目的  近年の情報技術の向上に伴い、聴者の音声を認識して文字に変換して画面に表示させる音声認識ツールが開発されており、学校現場においても、通常学級で学ぶ難聴児への支援に活用する試みがなされている(奥沢、 2020)。実際に運用する場合には多様な学習形態や利用者のニーズに応じた環境整備や環境調整を必要としており、さらには活動を通した周囲への難聴理解のあり方についても検討が求められている(奥沢、 2022)。  本実践では、通常学級で学ぶ難聴児に対し、音声認識ツールを活用した情報保障活動を行う他、学級全体にも文字情報を共有の形でユニバーサルデザイン化を図ることを試み、当該児への情報保障支援活動による共生社会の形成の可能性について検討することを目的とした。 ■実践の概要 1.支援利用者  ・A小学校に在籍する中等度難聴の6年児童2名を対象とした。両名とも補聴器を両耳装用し、デジタル補聴システムを利用している。  ・授業における教師の説明や友達の発言等を可能な限り、リアルタイムで知りたいという要望があり、即時性に優れ、多くの情報量が得られる音声認識ツールを使用した情報保障支援を希望した。 2.音声認識ツールによる支援システム (教師から支援者に字幕データ、利用者のスマホに配信する様子) ・UDトーク(Shamrock Records、Inc)によるアプリ導入プログラムを使用する。 ・修正された文字情報を当該者のスマホだけでなく、教室内のモニターにも配信し、全体で文字情報を共有する。 3.実施内容   ・のべ6名の支援員の支援、5名の授業者(教科担任制) ・ 202×年5月末より翌年3月までの支援員配置157日間のうち135日、延べ218コマの授業にて支援配信実施   ・利用者の希望をもとに国語、算数、社会、理科の主要4教科について優先的に配置 ■検討の手続き 1.質問紙調査及びインタビュー調査の手続き   ・対象…当該児を含む実施クラス31名の児童   ・方法…無記名自記式質問紙調査(クラス全員)インタビュー調査(当該児) ・倫理的配慮として、学校長に実践の目的や方法を説明し、支援対象児童の保護者に研究参加への同意を得たうえで実施した。 2. 調査項目及び分析方法 ・質問紙調査(202×年9月及び翌年1月実施)周囲の児童に音声認識技術への認識、反応、意識の変容について10項目の質問紙調査を実施、6項目を分析対象とし、統計的に分析。対応のあるt検定 Wilcoxon signed rank test 主成分分析 ・インタビュー調査(翌年3月実施)当該児2名に対し、約40分程度の半構造化面接を実施、具体的なエピソード、感想や意見を聴取し、質問紙項目との関連について検証 ■結果 1.分析結果:平均値、対応のあるt検定、Wilcoxon signed rank test、関連する叙述内容   【文字情報利用の認識】        〈対象児からは〉   ・「(モニターは)他の人にとっても、聞き漏らしがあったときなんかはとても役に立っていたと思う」   ・「アプリが活用されるようにするためには、誤変換にもっと対応できるようにすることが必要だと思う」   ・「授業ではノートを取ったり、話をしたりする場面が多いので、ぱっと画面を見て読み取れることが大切」   【共有することの有用感】        〈対象児からは〉   ・「何を話しているのかがわかるのはとても安心」 ・「より活用できるようにするためには、iPadなどを整えたり、修正してくれる人がいるようにすることが必要」 ・「集会活動で話すとき、マスクごしの小さい声ではほとんど聞き取れなかったのが、文字情報のおかげ  でわかってよかったとみんな喜んでいた」   【支援活動への理解の形成】        〈対象児からは〉   ・「クラスの人たちは、(使っていることについて)とても好意的に見てくれた人が多かった」   ・「遠慮なく使えるようにするには、なぜその機器が必要なのかを理解してもらうことが必要だと思う」   ・「(難聴理解には)言われたものだけでなく、自分からも話すようにすることが大切だと思う」   【教師の努力への認識】        〈対象児からは〉   ・「画面に(話したことが)出されるので、先生がたの滑舌が良くなる様子がよくわかった」   ・「まわりの友だちの反応をみると、先生がたの話し方がわかりやすくなったという声がたくさんあった」   【音声認識技術への認識】        〈対象児からは〉   ・「初めのころはみんなとても興味津々でした。最先端のテクノロジーを知ることは、とても良いことだと思う」   ・「これまで(の支援)と比べて、リアルタイムに表示されるし、話し言葉による情報量が多い」   ・「支援員さんの負担を軽くしているけど、情報の量が多くて、修正が間に合わないことがある」   【文字情報提示の影響】        〈対象児からは〉   ・「文字情報があると授業がわかりやすいので、モニターの前の席は人気があった」 ・「スペースを取らない机の上のスマホはとても使い勝手が良かった、手軽に持ち運びができるようにし、教室以外でも使いたい」   ・「前もって機器の説明をし、協力を求めることは必要」 2.分析結果:主成分分析 (9月実施と翌年1月実施の6項目の表及び散布図を提示)   ・2回実施した上記の質問紙調査では、個々の有意差が検出されなかった。 ・6項目のデータを集約して主成分を作成する主成分分析を行ったところ、第1主成分として、音声認識技術による文字情報提示は役に立つものであるという役立ち感因子が、第2主成分として、今の音声認識技術は使えるレベルにあり、実用的であるという実用感因子がそれぞれ抽出された。 ・第1主成分得点をX軸、第2主成分得点をY軸に配置し、回答者(31名)ごとの主成分得点散布図を示した。   ・第3象限に回答者が集中していたが、第1象限に中心が移動し、役立ち感、実用感ともに高まりをみせた。 ■考察   ・本実践では、質問紙調査やインタビュー調査により、リアルタイムで表示される情報量の多さや聞き逃した内容を確かめるなど、音声認識ツールならでのよさを確認できた。   ・主成分分析で抽出された周囲の児童による役立ち感、実用感はともに高まりを見せており、モニター表示による文字情報の共有を通して、支援活動への理解が推進され、当該者への難聴理解が進むことが明らかになり、本実践は有効な手立てであることを示した。   ・一方で、活用のためには瞬時で字幕を読み取る力が必要であり、利用できる者は限られていること、ユニバーサルデザイン化の形で文字情報の共有を図っていくためには、教室内の視覚情報の整理、誤変換への適切な修正対応が必要な他、音声入力側としての教師や周囲の児童に対しても理解や協力が求められており、段階的に教室内での環境整備を図っていく必要がある。