タイトル:聴覚障害児を対象とした歌唱指導実践に関する研究:内的フィードバックに着目して 発表者:文教大学教育学部 小畑千尋 ■概要 本研究は、聴覚障害児を対象に、内的フィードバック(自分自身の歌唱の音高・音程が合っているかどうかの認知)に着目した歌唱指導実践の分析を通して、歌唱活動への関わり方、音高・音程の認知の変化・発達を明らかにすることを目的とする。指導では、対象児が自らの発声を楽しむとともに、他者と歌う喜びを経験できることを目指した。現在も実践は継続しており、本発表では、その指導経過を報告し、今後の課題を検討する。 ■内的フィードバックについて 図1:音高を合わせて歌う際の内的フィードバック     (小畑 2017)より引用   図の説明   二人の人が向かい合っている図で、左側の人は、右側の人が出した声を聴き、それと同じ高さの声を出そうとしている。   その際、右側の人の声は、左側の人に、空気伝導のみで伝わる。   左側の人が、右側の人と同じ高さの声を発声すると、瞬時に脳で右側の人の声と自分の声の音の高さを比較する。それが内的フィードバックである。   自分の声は、骨伝導の音と空気伝導の音が合わさって伝わる。  表1:内的フィードバックのチェック表    (小畑 2017)より引用    表の説明   ・実際の声の高さは「合っている」、本人の認知「合わせることができた」    →内的フィードバックができている。   ・実際の声の高さは「合っている」、本人の認知「合わせることができなかった」    →内的フィードバックができていない。 ・実際の声の高さは「合っていない」、本人の認知「合わせることができなかった」    →内的フィードバックができている。   ・実際の声の高さは「合っていない」、本人の認知「合わせることができた」    →内的フィードバックができていない。 ■歌唱実践事例について 1.聴覚障害児 Aさん について ・小学5年生女子。先天性の中等度感音性難聴(右耳:45 dB、左耳:90〜100 dB)。通常学級に在籍し、週1回、難聴・言語通級指導教室に通っている。 ・小学校では右耳に補聴器を装用。本セッションでは、第4回、第5回(前半のみ)、第6回に装用。 2.指導の概要 ・実施期間・時間:202X年2月〜現在に至る(月に約1回実施)。 1回約1時間 ・分析対象:第1回〜第6回(202X年2月〜202X年7月)  ・指導方法:指導は、 筆者(以下、Tと略記)が実施し、内的フィードバックができない対象者(聴者)のための外的フィードバック(指導者が対象者の歌唱に対して行う評価行動の中で、特に音高・音程に関するもの)を活用した「音痴」克服メソッド(特許第5794507号)を用いた。 @規範例示…「対象者の音高に指導者が音高を合わせて歌う」「共鳴感覚を実感させるために、同一音高で合っていることを、指導者が声量の増加で強調する」「同一音高と同一音高でない例を聴き比べさせる」などを中心とした、模範となる音高・音程を対象者に示す外的フィードバック。 A直接的修正行動…言葉、手の高さなどで、対象者の音高・音程の正誤や高低を示し、対象者の歌唱の音高・音程に対して、直接修正する外的フィードバック。 ・指導内容:ロングトーン、声によるピッチマッチ(Aさんの音高にTが合わせる、Tの音高にAさんが合わせる)、声の高低を身体的・視覚的に体感させる発声遊び、《たこたこあがれ》《(Aさんが通う小学校の)校歌》他 ※本研究は文教大学大学院教育学研究科研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:教2024-002)。 3.Aさんの変容 <歌唱技能面(内的フィードバック、声によるピッチマッチ、発声等)> ・第1回では、Tの音高に即座に合わせて発声することが難しかった。そこでAさんが発声する音高にTが合わせることで、同一音高を体感させることを試みた。第2回に同じ活動を行った際、AさんがB3で発声し、Tが同一音高で発声したところ、Aさんの音高が途中で下がった。この状況を確認すると、Aさんは「最初の方、合ってた」と発言し、内的フィードバックができていることが示された。 ・第6回では、AさんがB3で発声し、Tが長3度高いD♯4で発声して聞かせると、Aさんが、Tの音高の方が高いことを認知できた。また、AさんがE5の高さで発声し、Tも同時に同じ音高を発声し続けた際に、Aさんが同一音高であることを認知できた。一方で、Tの音高に合わせる声によるピッチマッチでは、Aさんが異なる音高で発声し続け、内的フィードバックができない場面もみられた。 ・第2回、Tの手の動きに合わせて、Aさんに発声してもらったところ、Tの手の動きとAさんの声の高低が、一致する場合としない場合があった。そこで第3回から手の動きと声の高低を組み合わせた五十音あてゲームを実施した。Aの母親(以下、AMと略記)も活動に参加し、ハミングや「マ」などの同一音節を用いて音高を変化させる練習を行った。その結果、(手の上下での)視覚情報と、声の音高の不一致はほとんど見られなくなり、音高を連続的に変化させるポルタメント的な発声にも向上が確認させた。 ・第1回では、Aさんは、B3の高さで約5秒間発声できたが、第4回ではA♭3で約10秒間発声し続けることができた。発声し続けている間に、音高がやや揺れながらも、声量の増加が確認できた。 <行動・心理面> ・第1回では、質問を促しても、AMに任せようとする場面もみられたが、第3回には、音域について自らTに質問するなど、主体的な発言が増える。第4回のセッション後には、AMから「(セッション)の前半緊張していたみたいですが、後半は楽しかったようで帰りの車の中でしばらく『ら〜ら〜』と歌っていました」との報告があった。第6回には、自発的に質問・発言する場面が顕著となり、表情もリラックスし、椅子に座って歌う際にも、前のめりの姿勢で、笑顔が多く見られるようになった。 4.今後の課題 第6回の時点で、内的フィードバックや声によるピッチマッチは、断続的にはできるが、安定はしていない。補聴器の装用についても本人が試行段階にあることがうかがえる。今後も、 指導を重ねながら、内的フィードバックを中心としたAさんの長期的に変化を観察していく必要がある。 ■引用・参考文献 小畑千尋(2007)『「音痴」克服の指導に関する実践的研究』多賀出版 小畑千尋(2017)『さらば! オンチ・コンプレックスによるオンチ克服指導法』教育芸術社 問い合わせ先:文教大学教育学部 小畑千尋 メール:c-obata<アットマーク>bunkyo.ac.jp 以上