2007年11月30日公開
通訳者の健康障害とは
手話通訳者が通訳する事に関連して生じる健康障害に頸肩腕障害(けいけんわんしょうがい)という職業病があります。ノートテイクやパソコンノートテイクに関しても、腰痛や同様の障害が発生します。
頸肩腕障害とは
頸肩腕障害は、手指や腕、肩、頸部の筋肉や関節などに痛みを生じ、進行すると物が持てなくなったり腕が動かせなくなったりする病気です。病気の進行に伴い、精神的にもイライラ感や不眠感や抑うつ感などの症状がでることがあります。初期段階の肩頸のこりや腕のだるさなどの自覚症状は睡眠や休息で回復しますが、十分な疲労回復がはかれない状況が続き、肩や腕や頸部の筋疲労が蓄積していくと、強いこりや痛みを生じ、生活にも様々な影響がでるようになります。
手話通訳に関連した症状としては、指や手がうまく動かなくなり手話表現が下手になったり、手話通訳後に手や指が震えたりするようになります。日常生活では、タオルが絞れなくなったり、茶碗やものをよく落としたり、ドライヤーを持って使い続けることが苦痛になったりもします。クーラーや扇風機の冷気や風で気分が悪くなることもおきます。
頸肩腕障害の特徴
通訳者の体の使い方の特徴には、単に手や指の反復動作だけでなく、手話動作に関わる筋の使い方による身体的負担と、通訳に関わる頭の使い方による中枢神経系への負担が重なるのが特徴的です。
(1)身体的負担
手話では手や指や腕だけでなく、口の動きや表情も表現方法として用いられます。手指の動きや表情等が聴覚障害者の視野の中で同時に示される必要があり、手話通訳者は、手指を胸の高さで動かすために、腕を宙に浮かした状態で手話動作を行うことになります。しかも、同時通訳なので話し言葉の早さに合わせて、手指や腕を高速で動かし続けます。
さらに手話通訳者は同時通訳を行っているため、腕や肩の筋が疲労し「だるさ」や「痛さ」や「しびれ」などのサインを発していても、話し手が休憩するか通訳者が交代することがない限り通訳を止めることができません。こうした手話通訳の特性が筋の過度の疲労を招き頸肩腕障害を発症させます。
(2)中枢神経系への負担
手話通訳者は、「聞き取り」通訳と「読み取り」通訳という性格の異なる通訳を行います。「聞き取り」通訳とは、音声語を聴き取って手話に通訳することです。「読み取り」通訳は、手話を目で観て、音声語で表現する作業です。いずれの通訳も同時通訳ですから、高度で高密度な脳(中枢神経)の働きが必要です。
一度通訳が始まれば手話通訳者の疲労の状態に合わせて休憩を取ることは困難になります。その結果、中枢神経の疲労が進行します。慢性的に中枢神経が疲労すると、不眠になったり、気持ちが落ち着かなくなったり、イライラ感を生じたり、ものが考えにくくなったり、気持ちがふさぐような精神状態になっていきます。
手話通訳者の健康を守るための注意事項
(1)手話通訳作業に関する注意
長時間の連続した通訳をなくし、一日の作業量を適切に管理して過労を防ぐ必要があります。講演の通訳では15~20分程度で交代しながら通訳を行っていきます。あらかじめ通訳内容がわかっている授業でも、1時間を越えて一人の通訳者が行うことは負担が大きすぎるため、交代で通訳にあたる必要があります。
通訳者がとる休憩については、心身がリラックスできる条件が必要です。
その他、手話通訳者に通訳内容をあらかじめ伝えて学習・準備できるようにすること、ゼミや会議などで複数の者が同時に発言することがないように事前に司会者や参加者の協力を求めること、会話が早すぎないよう配慮を求めること等も通訳者の負担を軽減する上で大切です。
(2)手話通訳環境に関する注意
手話通訳者が椅子に座り、聴覚障害者に面して通訳するようにすべきです。机などを間に挟むと、不必要に腕を上げて通訳しがちになり良くありません。冷風にさらされた場所での通訳や、騒音や周囲の話し声などで音声が聞き取りにくい場での通訳や、照明が暗かったり逆光での通訳も負担を大きくします。手話通訳者の健康を守り、質の良い通訳を保障するためにも、通訳者にとって通訳しやすい環境が大切です。
(3)健康管理に関する注意
頸肩腕障害の初期症状は腕や肩のだるさやこりなどの一般的な筋疲労症状で始まるため、検診を通じて心身の状態を把握し、予防や疲労回復をはかるための指導や通訳量の調整などを行う必要があります。手話通訳者がプロであってもボランティアであっても、手話通訳を依頼する大学や教員は手話通訳者の健康に関して配慮する責任があります。手話通訳者の利用頻度が高い大学は、手話通訳のコーディネートについて専門研修を受けた職員等を準備することも必要です。
(4)手話通訳者の自己努力
頸肩腕障害は筋の疲労が原因で生じるので、手話使用前後にストレッチ体操を行うことは予防に効果があります。手話通訳者向けのストレッチ体操のDVD教材も出版されていますので、正しいストレッチ体操の行い方を身に付けて下さい。
TipSheet「通訳者の健康障害とその対応」垰田和史より