支援室が全てではない 人材をめぐる現状を踏まえて

河野 次は「第4章 支援にかかわる人材を確保し適切に配置する」というところですね。教員、事務職員、支援学生、支援を受ける学生、多くの人がかかわることだと思うんですが、倉谷さん、お願いします。

倉谷 お金も大事ですが、やはり支援をしていくには人が必要で、ただ一人置くのではなく、組織として動かすためにはどういう配置と役割が必要なのか、というのが第4章です。 私が担当した第2節の背景には、支援室の立ち上げが一つの目標になっているという現状があります。「支援室があるから良かったね」という話になりがちですが、「ところでその支援室というのはどんなことをやっているのか?」をかなり具体的に書いてくださったのが、松崎先生です。それをもとに、どういう技術、あるいは技能を求められているかについて、私が大体まとめました。実際「コーディネーター」といっても、本当にいろいろまちまちなんです。専門的な養成も認定もないのが現実ですが、今後、専門職として確立していく必要があると思います。「大学の障害学生支援コーディネーターをどう養成していくのか」を検討していくのはこれからの作業だと思っています。 皆さんにもぜひ注目していただきたいと思います。

写真:倉谷慶子氏

萩原 第2節はPEPNet-Japanのコーディネーター連携事業に非常にかかわりがあるところで、今、コーディネーターの専門性について事業で検討しています。ぜひ読者の皆さんにも、コーディネーター連携事業の今後に期待をしていただきたいなと。倉谷さん、そうですよね。

これからは、可視化の時代

倉谷 ただ、注意してほしいのは、支援室がすべてではない。最近よく言われる「可視化」について言うと、支援体制を可視化する一つの手段として、支援室は効果的だとは思うのです。が、逆に、支援機能は支援室だけでなく大学内のいろんな部署で分担して成り立っているということを、どうやって示していくのか。そこのバランスが、これからの課題かなと思っています。

青野 「可視化」という言葉が出ました。文部科学省の省令が出て、来年4月1日から大学、短大、大学院はすべて、学生支援についてどういうことをやっているか、外に対して公表しなければいけません。(注1)努力義務ではなくて完全に義務化されたわけです。その具体例として、「留学生支援と障害学生支援については書きなさい」ということが挙げられているので、そこで可視化の努力は行われるだろうとは思います。(注2)逆に言えば、支援室があるところはどんどん書いてほしいし、支援室はなくても支援の仕組みがあるところはそれを書いて公表するような時代にならなければいけないし、そのためにPEPNet-Japanが動いていく。それが大事なんだなあと思っています。

(注1 平成22年6月15日文部科学省令第十五号にて公布)
(注2 文部科学省より、全国の大学長等に向けて出された平成22年6月16日付け通知) (22文科高第236号)

あらゆる場所が啓発のチャンスに

河野 次は「第5章 啓発活動で支援体制の可能性を広げる」というところですね。まず平尾先生からお願いします。

平尾 第2節は、「聴覚障害学生支援をやっている」ということを、いろんな機会を通じてどう知ってもらうかというのを考えながら、書きました。あらゆる機会が、聴覚障害学生支援の存在を知らしめる場所になるだろうということを、アイデアも含めて書いてきた。岩田先生の第1節も「初動時の啓発活動」ということで、いろんな機会があるということを思いつく限り書いていったというのが、この章です。  まずは、知らないところから聞いたことあるというレベルにもっていくということ。その次に、さらに高いところ、深いところへもっていく。そこが必要なのかなと考えています。この章の一つのきっかけにして「あらゆる機会を目ざとく使おう」と、動いてほしいと思っているところです。

写真:平尾智隆氏
聴覚障害学生自身が組織を知って動く

大杉 啓発は、「これから」のことだと思います。本書は大学関係者に向けて書かれていますが、次は、聴覚障害学生自身がこれを読んでどうやって自分自身の大学生活を作り上げていくかということになると思うんですね。例えば、この本をもとにワークブックをつくるなど、いろいろな方法が考えられます。聴覚障害学生自身が、自分の目の前で起こっていることやその裏にあるものも見抜いて、把握していく。そういう経験を積んで卒業していけば、社会で生きていく時の原動力になっていくと思います。
175ページに図があるんですが、私は、ここに網掛けしてほしいと言いました。聴覚障害学生にとっては、授業に通訳が来るということがわかっていたとしても、それが大学内のどの部署で誰がどのように動いた結果なのか、非常に見えにくいんです。
また、大学内にいる同じろうの先輩を通して、学生自身がエンパワメントしていくような機会も重要ではないでしょうか。ですので、たくさんの聴覚障害学生の経験をもとに研究材料を集め、これからもっと発展させていく分野ととらえています。

写真:倉谷慶子氏

松崎 本の副題が「組織で支える」となっていて、実際この本を参考に組織化を実現する大学が出てくればよいと思っていますが、「組織化」は車の両輪の片側にすぎず、もう一方にあたる聴覚障害学生の「主体性の成長」と、双方が輔弼的な関係にあって聴覚障害学生支援が行われる必要があるのではないかと思います。聴覚障害学生の「エンパワメント」の実践を集め、そのノウハウと、組織を作っていくノウハウ。この両方をセットにして世に出すことができれば、理想的ではないかと思います。

聴覚障害学生支援は、これまでの学生支援とは違う

河野 最後の章になります。第6章「組織と規定で支援体制の基盤を固める」は「金と法律」の法律のほうですが、執筆担当の青野先生、お願いします。

青野 第1節「学内組織の強化」のところは、私自身の経験、それもマイナスの経験から書かせていただきました。具体的に見ますと、182ページの下から2行目に「個人任せの支援でもなく、その年限りの支援でもなく」と書きましたけれど、これは正直に言うと、自分の大学の場合の反省点なのです。学内では私が一生懸命、頑張ったつもりだったんですけど…。組織は作っても、対象になる学生が卒業してしまった瞬間に完全な休眠委員会になってしまった。障害学生支援の委員会というのは、自分たちから課題を見つけ継続的に動かなければいけなかった、というのが私の反省点になりました。
また、私の場合はある一人の聴覚障害学生が入ったことで、学生支援全体を見直すことになったわけです。これまでの学生支援と、障害学生支援は違う。障害学生支援の中でも、聴覚障害学生支援は違うんだということを、これを書きながら再確認したつもりです。
第2節「規程等のルールの制定」は、非常に堅い抽象的な文章なんですが、自分が法学研究者として、学生たちに法学入門として話す内容にも重なっているところです。

写真:青野透氏

金澤 実は、第4章と第6章というのは、本当は同じく「人材」の問題なんですよね。支援にかかわる人材というのは、情報保障そのものにかかわる人、コーディネーター、大学の中で意思決定にかかわる管理側の3層に分かれている。管理側というのは支援室長、委員長、さらに上で言えば学長に至るまでの人たちで、これについては「組織」という観点でまとめることにしました。
第4章は、いわばPEPNet-Japanの財産で、これまで蓄積してきたことを吐き出すものですから、ページ数も一番ボリュームがある。逆に、5章、6章は、分量は少なめかもしれないが、「未来」を書いている。これからPEPNet-Japanがやらなければいけないことだし、特に「エンパワメント」を絶対入れたかった。大杉先生しか書ける人はいないだろうと思ってお願いして、結果としては十分に中身の濃いものになりました。
同様に、この事業メンバーの中で、平尾先生と青野先生はいい意味で異色なんですよ。経済学の専門家と法学の専門家ですから。しかも青野先生は当時大学教育開発・支援センター長でもあられたので、組織を知っている。そのお二人に執筆陣に入ってもらったことで、内容に厚みが出たと思うんです。

■ 読者へのメッセージ

河野 ありがとうございます。では、読者へのメッセージを、一言ずついただければと思います。

倉谷 今支援をしている学生たちが、将来大学でコーディネーターをやりたいという話をよく聞きます。厳しい職場だとは思うんですけれども、自分がどういう能力を備えていけばいいのかということもこの本で読んでほしいです。
それから、これだけ支援体制ができてきたことによって、在学中は周りに自分の支援をお任せにしていた。ところが大学を出た後になり、どうしたらいいのか戸惑っている聴覚障害者もいます。だから、これは大学関係者向けの本だったかもしれないけれども、いろんな人に読んでもらって、同じ基盤をもって次のステップへみんなで行きたいな、一歩でなくて、二歩も三歩も前に行きたいなというのが私の気持ちです。ありがとうございました。

写真:倉谷慶子氏

平尾 ぜひ読者に伝えたいメッセージは、この本の中にあるいろんなことを自ら応用して、ぜひ戦略的に大学の中で行動してほしいなということです。
また、自分自身に残された課題で言うと、168ページに「③障害学生支援がお得であることを示す」と、書きましたが、そのエビデンスがないまま書いていったので、一実証研究者としてしっかりと、今後それを証明していきたいなと。それができれば、啓発の材料になったり、支援を推進していったりする材料になると思いますので、今後はそういう部分で寄与できればと思います。貴重な機会をいただきましてありがとうございました。

写真:平尾智隆氏

岩田 この本は発達障害や視覚障害、肢体不自由など、その他の障害学生の支援についても、かなり参考になる内容だと思います。最近は、地域の小中高校に在籍する難聴の子供たちが増えていますが、その情報保障や教育支援体制を構築するのにも、参考になる点が多分に含まれていると思います。
また、当事者の学生としては、大学で学び始めてから、問題を整理して自分で意見を述べていくということが、なかなか難しいと思うんですね。ですから、周囲の人たちのサポートが、とても大事になってきます。 私自身、年々、当事者の学生と話をする時間が短くなってきていると如実に感じています。支援がある程度体制化された大学であっても、いま一度、当事者の学生に、「本当は今困っていない?」とか、「大丈夫?」という場をもっとつくるべきだと、この本を読んで改めて感じました。

写真:岩田吉生氏

青野 この本を読んでほしいのは、第一に大学関係者。特に「これお得です」という内容は、第1章です。これは完全に、障害学生支援だけではなく、大学で何か新しいことをやるときのノウハウで、これだけきちんと書いた本は他に知らないので、お薦めします。  第二には、高校生と、その進路指導をする先生ですね。ベネッセの調査(注3)では、「高校のときに進学する大学や学部を選ぶ際、だれの意見を参考にしましたか」という質問で、ここ数年間で、「高校の先生の意見」という回答が増えているんです。聴覚障害学生の場合も同じで、一番頼りになる情報源は先生だと思うので。そしてもちろん親御さんにも読んでほしいです。  第三は企業の人たちです。今は、こうやって力をつけた学生たちが、出口のところで苦労している。障害学生をきちんと評価して企業が採用した場合、企業の中でも支援は必要なわけですから、参考にしてほしい。やっぱり、入口と出口で、支援の原則とか理念が伝わっていけば、やがては社会全体の中で障害者支援のスピリットみたいなものが、しっかり根付くと思います。
(注3 平成17年度経済産業省委託調査 「進路選択に関する振返り調査-大学生を対象として-」 )

写真:青野透氏

松崎 皆さんと同じく、聴覚障害学生支援に関わる人全員に読んでほしいですね。 実はもうすでにこの本を読んだという二人の大学の職員から、感想を伝えられました。 その一人で聴覚障害学生支援に関わっている職員は、「今まで支援関係の本は薄かったのにこの本は重い」とのこと。だから、今ではここまでノウハウが蓄積されているのだと伝えました。また、支援の仕事にはそれだけの重みがあるということを、実際の本の重さが伝えてくれているのかなと思います。
 また、もう一人は発達障害児教育専門の教員で、この本に書かれた内容は発達障害学生支援にもほとんど当てはまり、予算獲得の話など全く同じだと言っていました。そういう意味でもこの本は、聴覚障害学生支援の範囲だけで活用するのではなくて、大学でユニバーサルデザインを実現するための一つの切り口として提供できるツールだと思います。
 聴覚障害学生には、まずは全体を読んでみて、支援を受けるまでに学内で一体どういうことが行われているのかを知って、これだけの苦労や手順がある中で、自分は何ができるか考えながら読んでほしいですね。

写真:松崎丈氏

大杉 聴覚障害学生が初めて大学に入ってから40年、50年の歳月が流れています。ようやく50年で一歩進むという感じですね。
私は25年前に大学に入りました。同級生に、ろう者の森壮也さんがいます。彼と初めて会うことになったときは、お互い顔を知らないので、耳の聞こえる先輩と手話で話をしながら待って、それを森さんに見つけてもらったんです。また、しばらくして2人の健聴学生が手話通訳のサポートをしてくれるようになりました。
先ほど、キーパーソンは3人という話がありましたが、当時の私にとっては、学生本人と、聴覚障害学生の仲間、支援してくれる仲間というのが、ある意味、もう一つの「3人」です。25年前はその3人で、大学の外に飛び出して情報を集めて持ち寄り、問題解決の方法を探っていくというやり方でした。今その大学は障害学生のための支援室が整い、手話サークルで活躍していた後輩が支援室の職員になっています。
また、大学がそれぞれの自助努力で越えられない壁を越えるためには、もっと大きな社会の力が必要になってくると思います。本の中でコラムにも書かれていますが、これからは国連の「障害者権利条約」です。日本も障がい者制度改革推進委員室が設置され、今は絶好のチャンスを迎えています。障害学生支援を大学の義務とする法案をつくるときがくれば、この本がまさにリソースブックとして参考になるのではないでしょうか。今回、いろいろな先生方、スタッフの人たちと一緒に編集の仕事ができたことを非常に感謝しております。

写真:大杉豊氏

金澤 大杉先生のお話、森さんとの出会いの秘話は面白いですね。そんな時代もあったのかと…。それで思い出したのは、この本の「まえがき」と「あとがき」のことです。
まえがきは私が、未来志向で書きました。一方あとがきでは、大杉先生が御自身の学生時代を振り返って書かれた。この組み合わせに象徴されるように、この本自体が、いわば過去と未来との往復運動をしているような気がしたんです。たとえば、2章や4章は、PEPNet-Japanの蓄積を発揮した部分で、3、5、6章は、これから必要な未来を目指しています。
この本を通して言いたかったのは「組織化」です。私は第1章で組織のミクロな部分を見てきた気もする。その一方で、マクロな視点で見たのが第6章。大きいところと小さいところもまた同時に往復運動がある。出来上がってみるとものすごく横断的、縦断的に書かれている本なのかなと思いました。
そして、ぼく自身が、常々思うことは、自分はもしかしたら今日帰りに交通事故で死んじゃうかもしれない。可能性としては誰でもありますよね。「ここで自分がいなくなっても、自分の大学の障害学生支援は今より下がることはないだろう。」そう思えることが組織化ではないかな、と。もちろん「組織は人なり」ですから、人がいることによって時々停滞したり、進んだりはしますけれども、人が代わっても変わらない部分というのもまた組織。そういう意味で、この本が社会に一定の意味を持つことができたらいいなと思っています。
最後に、この本の執筆は、ここにいるだれ一人欠けてもできなかったと思っています。今この時点では、付け加えることも余分なことも何もない。そういう意味で、皆さんと一緒に仕事ができたこと、そしてまさに執筆をしていただいたことに、本当に感謝しています。皆さん、どうもありがとうございました。

写真:金澤貴之氏

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