社会性とエンパワメント

エンパワメントの概念について、手話で説明します(話し手:筑波技術大学 大杉豊)。日本語での解説はページ下をご覧下さい。

※映像の中で紹介される図及び表は、下記日本語解説の中のものをご参照ください。

主体性に重きを置くエンパワメント指導の他に、社会性に重きを置くエンパワメント指導があります。

大学という場所は、ろう・難聴学生にとって、学んだり研究したりする場所です。これに加えて考えるべきことは何でしょうか。4年間の大学生活を経て学生は社会に出て行きます。つまり、仕事を始めるということです。仕事を始めるということは、大学という狭い世界の中での4年間の生活から抜けだし、広い世界へ出ていくことになります。つまり簡単に申しますと、情報保障というものが全くない社会に出て、自分に合った仕事を見つけ、就職し、仕事をしていくことになります。このためろう・難聴学生にとっては、社会に出ていくための準備をするための4年間という側面もあります。

先ほど、主体性の側面のエンパワメントについて話しました。主体性のエンパワメントは、まとめると、自己認識・・・つまり自分がろう・難聴という障害があるということを認識していること、自分のコミュニケーション手段がわかっていること、自分のできることは何か、できないことは何かわかること、自分を見つめ直し、障害とは何かをきちんと理解することが重要です。そのためにも、情報保障についてもきちんと周囲の教員、または同級生に話して、うまく回していくことが大切です。

個人の自己認識、続いて主体性の側面のエンパワメントに成功したら、次に重要なのが、自己認識した自分を、社会の中に置いてみることです。社会の様々な場面に適応していくには、セルフアドボカシースキル、コミュニケーションスキル、交渉スキルなど、様々なスキルを身につけておく必要があります。ろう・難聴学生が、いかにして社会性、先ほど話した様々な重要なスキルを身につけるかを考える必要があり、そのためには、今いる大学の中だけでは限界があります。ほとんどの大学は、在籍するろう・難聴の学生数が少ないというのがその理由です。大学の中に自分1人、もしくは2人か3人しか在籍していないというパターンがほとんどです。筑波技術大学は、ろう・難聴学生のみの大学ですので例外です。筑波技術大学は、ろう・難聴学生が先輩後輩あわせて200人程在籍していますが、学生同士が様々な経験を共有しながらお互いに様々なことを学び合える環境が整っています。しかし、他の大学を見てみると1人だけ、もしくは2人か3人しかいないというケースが多い状況です。

そこで私は、社会性の側面のエンパワメント指導に、大きくわけて3つの段階があると考えています。試しに表を作ってみました(表2)。

社会性の形成に至る各段階の詳細と支援の在り方

表2 社会性の形成に至る各段階の詳細と支援の在り方

まず学内で交流の機会が多いのは、やはり情報保障に関わる支援者ではないかと思います。情報保障支援者とろう・難聴学生が支援やコミュニケーションのやりとりを通して、自分の考えや、主体性などをお互いにコミュニケーションしながら高めていくことになります。その後、ろう・難聴学生が学内における様々な情報保障手段について知っていくことが大切です。

次に大切なのは、他のろう・難聴学生と出会い、交流する経験を持つことです。学内にはろう・難聴の先輩、後輩、同級生がおらず、やむをえないと状況があります。その場合、他の大学や、同じ地域のろう・難聴学生同士が交流する機会もあります。ろう・難聴学生が全国から集まる機会には、例えば、全国ろう学生懇談会があります。毎年1回集まり、同じろう・難聴という障害を持つ立場同士ということで理解し合えるというメリットがあります。ここでは、学内で困っていることについて相談したり、交流することができます。大学の立場からは、ろう・難聴学生に対し、そのような場で他の大学の学生と積極的に交流するよう促したり、または大学によっては旅費を補助して参加させ、学生を鍛えるといった、このような支援が大学におけるエンパワメント指導の流れにおいて非常に重要なことなのではないかと思います。

ろう・難聴学生がこのような交流できる場へ参加していくことで、他の学生の生活の様子を知り、先輩、後輩が日頃抱えている悩みを知るなど、情報交換することで得られるものは非常に大きいです。この過程を経ることで少しずつ自分が置かれている社会が広げていくことができます。また、狭い範囲の交流の場においても、社会性が求められます。参加することで、人付き合いのマナーを学ぶことができます。例えば人との付き合いで、ミスコミュニケーションをしたとたん衝突するのではなく、ミスコミュニケーションになったのであればどうしたら良いかを考えることで、自然とスキルを身につけていくという方法もあります。

次に、学生との交流にとどまらず、外へ出てろう協青年部、またはろう者劇団、ろう者スポーツの団体というような様々なろうの成人が集まる場、また各地にあるろう者コミュニティに、時間のある大学生の間に積極的に出かけていき交流し、ろうの成人から仕事上の経験を聞くことで、自分は2、3年後こうなるのかという社会人になるというイメージをつかみ、心の準備をすることができます。また、失敗談、成功談などを参考にしながら自分を見つめ直し、自分に足りない部分、例えば交渉スキルの欠如、コミュニケーションが苦手、といったような部分を自覚することで、大学にいる間に少しずつスキルアップさせるべく自身を磨く計画を立てることができます。

このような意味で、社会性のエンパワメントは、学生自身が社会に出る前に準備しスキルを身につけるための指導が必要であり、重要だということです。

大学には、ろう・難聴のコミュニティは存在しないことが一般的です。ですので、大学障害学生支援室の職員はただ単に支援するばかりでなく、例えば情報保障の支援はできるけれど他の面において知識がない場合は、外部のろう・難聴学生が交流する場、ろうの成人団体を紹介したり、参加を促したりするなどといった支援も大切になってきます。または、障害者支援室でこの種類の支援が難しい場合、ろう・難聴の専門家、またはろう・難聴の成人、大学を卒業した後仕事を続けて定年退職した人などがいれば、支援室へ定期的に来ていただくことで、ろう・難聴学生も交流しいろいろ学ぶことができ、それを支援するという方法もあります。

これらが、ろう・難聴学生の社会性の側面のエンパワメントにつながるということです。

※ 参考文献:
日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク聴覚障害学生支援システム構築運営マニュアル作成事業グループ(2010) 一歩進んだ聴覚障害学生支援 ― 組織で支える ―. 生活書院

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