2011年にPEPNet-Japanが実施した「聴覚障害学生のエンパワメントモデル研修会」の実践報告を元に作成しています。参考事例としてご覧ください。

本企画では、提示されたロールプレイの場面について、5名の聴覚障害学生で対応方法を協議し、聴覚障害社員役の学生が実際にロールプレイの中で対応を実践した。学生にとっては、電話を使いながら仕事をするという切実な現実にどのように向き合うかを考える貴重な機会となった。

役割

人数背景
講師兼司会1名聴覚障害当事者。企業での就労経験および障害者の雇用をサポートする業務経験を有する。
同僚役1名スタッフ。コーディネーターとして聴覚障害者の職場でのトラブル対応の経験がある。

ロールプレイの様子

ロールプレイに臨んだ学生たちは、一見何気ない同僚との会話に苦しい表情で臨んでいた。以下で紹介する例は、2回目のロールプレイにあたる。1回目では、聴者の同僚(B)との会話がうまく通じなかったため、聴覚障害者側(A)は状況がつかめず、B側もどうすればいいのかAの意向がわからず苦慮する結果となった。講師からは、「電話口で相手を待たせない」「同僚に頼むべき事を整理する」とのポイントが示され、それを踏まえて行ったのが以下のやりとりである。(( )は動作や様子、【 】内は筆談で伝えた内容)

同 僚 (電話をとって)はい筑波スタイル社です。はい、毎度ありがとうございます。サンプル株式会社さんですね。はい、・・・はい、少々お待ち下さいませ。
(電話を保留、職場の同僚たちに向かって)すみません、誰か、サンプル株式会社さんに見積もり送った人いますか?
(少し待って、誰も送った様子がないのでAの顔を見て)ねえ、サンプル株式会社さんに見積もり送った?
聴障者 (筆談で)【すみません、書いてください。】
同 僚 (筆談と口話で)【サンプル株式会社】さんに、【見積もり】送った?
聴障者 (うなずく)
同 僚 送った?間違っているみたいですごく怒ってるんだけど。どうする?電話なんだけど。
聴障者 (筆談で)【耳が聞こえないので代わりに謝ってもらえますか?】
(ジェスチャーでお願いする仕草)
同 僚 え!私が謝るの?だって私知らないよ。何を送ったかわかんないもん。どうしたらいいの?私、何の内容かわかんないんだけど…。何を送ったの?ねえ、待たせてるよ。とりあえずどうする?
聴障者 (「何を送ったの?」まで口話を読み取ってから筆談で)
【見積もり、サンプル、資料】
同 僚 うん。…怒ってるよ。とりあえずどうする?
聴障者 (ジェスチャーで、手を合わせて謝る仕草)
同 僚 謝るだけでいいの?
聴障者 (筆談で)【後ですぐ連絡します。いったん切ってください。】
同 僚 後で連絡するって言えばいいのね?わかりました。
(電話口で)もしもし、大変お待たせしました。後ほど担当者から折り返しご連絡いたしますので。はい、申し訳ありません。失礼いたします。(電話を切る)
聴障者 (筆談で)【相手は何て?】
同 僚 いやとりあえず、連絡待ってるって。すごく怒ってるよ。
聴障者 (筆談を続けようと、何かを書きかける)
同 僚 ごめん、私これから会議に出ないといけないんだ。ごめんね、ごめん時間なくて。
聴障者 (しぶしぶうなずく)

(ロールプレイここまで、約3分間)

このロールプレイでは、前半は、顧客からの電話に対して、見積の内容がどんなものだったかわからない上、必要な回答を手短に伝えなければならない同僚Bの状況が聴覚障害社員Aに上手く伝わらず、意識のずれが生じたまま時間が過ぎてしまっていた。
A役を担当した学生は、自分では電話対応ができないので何らかの代替手段を取らなければならないと考えていた様子が見られる。改善のポイントとしては、「後ほどメールで連絡すると伝えて下さい」という判断をもっと早くBに伝えることであったと言える。

また、「見積書」とは商談を進める際に取引の金額を提示する重要な役割があり、間違いがあると仕事に大きな影響を及ぼしてしまうこと、「電話」はメールと違い、迅速・簡潔な対応が求められるコミュニケーションのツールであるということなどは、学生生活ではあまり縁がないが社会生活の中では大切な知識である。ここで取り上げた例に限らずどの学生の場合も、そういったことを念頭に置いておけば、同僚Bの状況をかなり理解した上で対応することができるようになると思われた。

講師:長野氏

ロールプレイ後のコメントとまとめ

聴覚障害者役の学生のコメント:
全然ダメだった。相手にすぐ返事をしなければならないのは難しい。

観察していた学生の感想:
すごく時間がかかってしまっていた。相手は怒っているのに。

同僚役の感想とアドバイス:
「あとで連絡します」と言ってくれたから、やっと電話を切ることができたけど、そこにたどり着くまでが長かった。それから、最初に「聞こえないから代わりに謝って」と筆談で言われたけれど、本当にこう言ったとしたら同僚の人はかなり腹が立つと思う。「仕事の内容もよくわからないのにどうして代わりに謝らなければいけないの??」と。

講師からのアドバイス:
ロールプレイではやはり、相手を待たせないで対応するのに苦労していましたね。私自身も、電話の状況が把握できず困った経験はたびたびある。自分で対応するためには、まず相手の名前、内容(クレームの主旨)を確認しておいてもらって、後で改めて自分から連絡して謝罪する。具体的な対応方法も電話を切ってから上司や同僚に相談すればよい。

ロールプレイとそれを観察する学生

まとめ

ロールプレイによる研修は、同日午前の「支援の依頼」で既に経験していたものの、大学の授業場面と職場で顧客に対応する場面とでは、求められる振る舞い方も人間関係も環境も異なり、学生はそれぞれ想像しながらロールプレイに臨む姿が見られた。電話を使わなければならない、じっくり筆談する間もなく対応しなければならないという状況は、あまりに辛すぎると感じた学生もいたようだ。しかし、本来大切なのは、そうした環境を自分に不利なものと捉えるのではなく、電話で連絡を受けた場合はどのような段取りを取るのがよいか考えたり、同僚に何をどこまで頼めばあとは自分の責任で対処できるのかを見極めたりすることである。

ロールプレイ後のフィードバック

今回の研修では時間が短かったこともあり、ロールプレイの後のフォローアップの時間が十分取れなかったが、研修時間を少し長めにとり、ロールプレイ中のやり取りの記録(パソコンノートテイクのログ)を本人が読み返して、実際には同僚が何を話していてどのような状況であったのかをきちんと振り返る機会があれば、より具体的に改善策を考えるきっかけを作ることができたのではないかと思われた。

また、健聴者の場合、業務中も常に周囲の仕事上のインフォーマルな会話から聴覚情報を仕入れて、状況を把握し判断しているが、聴覚障害者の場合、こうした情報が入らず、前後の状況把握もできない状態で、突然の事態に対応を求められると戸惑うということを、あらかじめ周囲に説明しておくことも大切である。

職場の中で、自分ができることとできないことを見極め、どうすれば自分の担当する業務を遂行できるようになるのかをきちんと整理し、自分から周囲に働きかけて伝えていくことは欠かせない。今回の研修を機に、そのように自分から発信することの大切さに気付き、就職に備えてもらいたいと思う。

→ 研修の例/どう説明する?「職場でのニーズ」へ

ページ上部へ