コミュニケーション手段の異なる聴覚障害学生がたくさん集まる場では、交流会の企画にも少し工夫が必要です。PEPNet-Japanで開催したエンパワメント研修会の中では、各グループに筆談道具を配布し、15分間「音声も手話も禁止!筆談だけで会話をする!」という「筆談交流会」の時間を設けました。
手話のできる・できないに関わらず、対等に参加できる筆談交流会の時間は、それまでなかなかグループの輪に溶け込めなかった参加者にとっても、効果的な時間だったように思います。
実はこの筆談交流会、研修会企画者の1人である日下部隆則氏が日常的に行っているものとのことで、こうした交流会に込められた思いを伺いました。

日下部隆則氏:富士ゼロックス株式会社

小学校高学年での発症後、中学・大学時代、入社後、社会人大学院生の頃と、「情報保障」という環境と無縁の中でずっと聞こえる人の中の唯一の聞こえない存在として過ごす。感音性難聴2級の障がい者。周囲に手話ユーザーがいなかったこともあって現在も筆談ベースのコミュニケーションが第一言語。(発話はできる)
会社勤務の傍らで進学した大学院博士課程ではじめて「情報保障」の環境に接し、「助ける」「助けてもらう」の関係の重要性を再認識。研究テーマを「大学や企業における聴覚障がい者の支援環境」に再設定して現在に至る。
企業勤務の傍ら、長い社会人経験を生かし大学では非常勤講師やキャリアアドバイザーとして学生指導に携わり、「自分が苦労したことを次の世代にはさせない」「手話に頼らない聴覚障がい者のコミュニケーション方法もある」ことをモットーに、企業人としての実践の中から得た知見を若い人たちに伝達中。この活動も、本人に言わせればいままで助けてくださった人たちへの恩返し。
筆談だけで硬軟おりまぜたコミュニケーションができることから、一部からは「筆談の神様」と呼ばれることもあるが、本人は「筆談のかべさん」でいいよといたって謙虚。

日下部隆則氏

― 職場で筆談交流会を開かれているとお聞きしましたが、そもそもこうした交流会を開くようになったきっかけや経緯を教えて頂けますか?

日下部/常に私の周りは筆談だから、それが当たり前と言えば当たり前の環境だったのだけど、改まった筆談交流会としての直接のきっかけは、社内の親しい友人が声をかけてくれたことです。

「私の周りの人たちがかべさんと一緒に話をしたいから紹介してよと言ってるねんけど、どう?」「どうもこうも全然知らない間柄やないんやし、そんなん直接声かけてくれたらいいやん」「私は慣れてるからいいけど、やっぱりどうやって声かけて仲良くなればいいのかわからない人はいるねん。ってか、そっちの方が普通やと思う」「あ、そんなもん?(そりゃ確かにそうだ。怖そうだし。どうやってコミュニケーションすればいいかわかんないんやろうし)。じゃセッティングよろしく」

そんなわけで、その友人がノートと筆記具持参&コミュニケーションから疎外しないことを条件にした「かべさんを囲む会」を開いてくれたのが始まりです。はじめはかべ会っていってたけど、会を重ねるうちにいつの間にか筆談交流会になりました。

― 日下部さんにとって筆談交流会はどのような位置づけになっていますか?

日下部/安心して参加できるから、楽しいし、支えてもらってるなぁとあらためて実感する場です。

― 筆談交流会で印象に残ったエピソードがありましたらお聞かせ下さい。

日下部/笑えるのが、いつの間にか聞こえるもの同士がひたすら筆談はじめて笑い声あげたりすること。聞こえない人抜きで盛り上がれることに筆談が持つ魅力があるように思います。また、その会話に参加してなかった人もノートみて遡って話の文脈をたどれるのもメリットかな。ブギーボード(※)じゃできなくなったけど。あとは字の乱れ具合で酔いの度合いがわかるのも面白いことのひとつ。書いてくれてるのはありがたいだけに、字がアラビア語になってもつきあいます(笑)まぁ、そこまでひどいのはレアケースだけど。一方、読み手の私は酔いません。コミュニケーションから阻害されたら眠くなったりするかもしれないけと、筆談交流会は酔わないし、眠くもならないね。

― 学生達から「職場でのイベントや飲み会に参加した方がいいのか?会話に入れなかったらどうしよう?」という声をよく聞きます。これから社会人になる学生達に向けて何かアドバイスがあればお願いします。

日下部/その不安はものすごくよくわかるし、私も疎外されてた経験があるから、そんな心配ないよなんて安易にいうことはできません。筆談してくれないひとはたくさんいます。でもね、筆談してくれてる人もまたたくさんいるわけです。だったら、不安がるよりも筆談してくれてる人に感謝して大切にすればいい。そんな人に出会えるチャンスがある以上、できれば参加した方がいいよ。筆談飲み会のきっかけを作ってくれた友人のような人に、社会に出たら出会えると思うし、ぜひ出会って欲しい。また、自分からブギーボード出して「筆談でお願いします」って仕掛けるコミュニケーションだって有効でしょう。ブギーボードを初めてみる人は必ず興味示してくれますし。そこからどんどん広げていけばよいんじゃないかな。少しだけアドバイスさせてもらえるなら、他人に健全な興味をもつこと。そして言葉は増やしてねっていうこと。その為にはやっぱり本を読んでた方がいいし、人間関係を広げたかったら、それなりの準備は必要だと思います。

― 日下部さん、ありがとうございました!

※ブギーボード:薄型軽量の電子筆談器。繰り返し書いたり消したりできる。

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