チャレンジ!「支援の依頼」 実践例
2011年にPEPNet-Japanが実施した「聴覚障害学生のエンパワメントモデル研修会」の実践報告を元に作成しています。参考事例としてご覧ください。
本企画では、1グループ5名の聴覚障害学生が、「『次回の授業は、ビデオを見てその内容について試験を実施します』と先生に言われたら、どうしますか」というテーマについて対応方法を協議し、代表の学生が実際にロールプレイの中で対応を実践した。学生は皆別の大学で学んでいて情報保障支援の状況も様々だったが、協議では自分の経験や考えに基づき盛んに意見が出された。
実際に教員を前にすると、何をどういう言葉で伝えればよいのか困惑する学生も少なくなかったが、積極的に手を挙げてロールプレイに挑戦しようとする学生の姿も見られた。
役割
| 人数 | 背景 |
---|---|---|
講師兼司会 | 1名 | スタッフ。聴覚障害学生支援の経験が豊富であり、学生のもつ諸課題について把握している。 |
教員役 | 1名 | 大学教員。日頃から聴覚障害学生への指導にあたっている。 |
ロールプレイでのやりとりの様子
ロールプレイでは、教員に対して丁寧に声をかけたり筆談を交えたりしながら話をするなど、どの学生もコミュニケーションの取り方に気を遣いながら行う様子が見られた。その一方で、どのグループでも、聞こえないという自分の状況や「ビデオの内容を文字化してほしい」という要望を、一方的に伝えようとする姿勢に傾きがちであった。教員がどのくらい自分の状況を理解しているか、あるいは自分が提示した方法で本当にきちんと試験が受けられるのかどうかの確認が不十分なために、話し合いが終わっても不安材料が残ったままであるケースもあった。以下に、ロールプレイでのやり取りの一例を紹介する。
学生/(口話と筆談で)先生にお願いがあります。
教員/はい。
学生/(筆談で)テストはビデオですか?
教員/いえ、違いますよ。
学生/(筆談で)どういうふうにやりますか?
教員/筆記試験です。
学生/(筆談で)ビデオは字幕つきですか?
教員/あ、ないです。(ジェスチャーも加えて)なし、なし。
学生/(筆談で)ビデオは別室で受けてもいいですか?(口話で)耳が聞こえないので…
教員/(筆談で)なぜ?(「別室」の文字を指して)どうして??
学生/(口話で)耳が聞こえないので…(筆談で)内容がわからない。
教員/内容がわからない?
学生/・・・えっと、内容が…
教員/(筆談で)別室だとわかるの?
学生/・・・じゃあ、そうじゃなくて、…(筆談で)前もって資料を作ってほしいですけど、できますか?
教員/何の?
学生/(筆談で)ビデオの内容を、わかりやすくまとめた…
教員/わかりやすく・・・(筆談で)君だけに、特別な資料は作れません。テストだから。
(ここまでロールプレイ 約4分)

ロールプレイ後の意見交換
聴覚障害学生役の学生のコメント:
声を使うと通じないと思ったから書いたけれど、説明が足りなかった。

観察していた学生の感想:
- でも少し工夫すればだいぶ変わったかも。単に「資料」と書くと誤解されてしまうかもしれないけれど、「文字の資料」とか、文字で読めるものがあればいいということが伝わっていればよかったはず。
- 曖昧な伝え方をすると先生も困ってしまうんだなと思った。具体的に、自分で資料を用意して「こういうのを作ってほしいです」と伝えればいいのかも。
- 先生は聴覚障害学生のこともきっとよく知らなくて、どういうふうに支援すればいいのか全く分からない状況ではないかなと思った。
講師のアドバイス:
確実に伝わる筆談という方法を取ったのは良かった。ただ、なぜ「別室受験」や「資料」が必要なのか、先生に十分伝わっていなかったのでは。あれもダメ、これもダメで話せば話すほど八方ふさがりになりそうだった。
先生とやりとりするうちに、だんだん「どうすれば無事試験が受けられるか」がイメージできるような、話の進め方を目指すとよいのではないか。
学生の感想
企画終了後、学生からは「理解のある方ばかりの環境にいる中で失いかけていたものを見出せた気がする」「支援を依頼するだけではなく相手にどう伝えるべきかという困難を感じた。自分の大学って恵まれてたんだなと感じた」「ロールプレイに参加し、心が非常に折れましたがその分自分の「甘いなー」というところがハッキリ見えて、大学で参考にしたいと思った」などの感想が聞かれた。
まとめ
聴覚障害学生にとって、授業の情報保障やテストなどの成績評価は、実際の大学生活の中で日常的に触れている問題であり、今回の研修テーマも自分自身の経験をもとに考え、臨んでいた様子だった。大半の学生は、状況に応じて情報保障手段を選ぶということを心得ており、「ビデオ」というキーワードから「字幕」「文字起こし」という手段はすぐに思いつくものの、その必要性を順序立てて教員に説明することについては経験も乏しく、今後培っていくべき力であると言える。
また、「ビデオに字幕がないなら文字起こしを作ってもらわなければ」と即座に判断し、教員に対し交渉に入るというロールプレイのパターンが複数のグループで見られたことも、課題の一つと感じた。本当に適切な方法は試験を実施する教員との話し合いの中で見つけていくものであり、やりとりの中で「例えば、先生が文字起こし文を用意するという方法もあるのでは」とうまく提案して反応を探るというような、柔軟な交渉の進め方も知ってほしい。
こうした交渉や啓発の取り組みを支援室の職員に委ねたり、理解ある教職員とばかり接するのではなく、学生自らが自分の状況と要望を発信する機会を、学生生活の中で設けていくことが望ましいと思われる。