聴覚障害学生のニーズに基づいた支援サービスの提供-ノートテイク・手話通訳・C-print[-
報告者:吉川あゆみ(関東聴覚障害学生サポートセンター)、大倉孝昭(メディア教育開発センター)、金澤貴之(群馬大学)
NTIDは、ロチェスター工科大学(RIT)を母体とし、全学的な聴覚障害学生サポートを実施している。「ろう者のための理系大学」という枠を超えて、ritとともにメインストリーミングを推進するところにこの大学の魅力がある。大学においてどのように聞こえる人と聞こえない人が共存していくのか、紹介したい。
NTIDの聴覚障害学生 (吉川氏)
視察初日の夜、5人のろう学生にインタビューした。
男性3人、女性2人、計5人で、教育歴としてはメインストリーミングの割合が多いが、(NTIDの学生で、ろう学校出身は3割、全米的にも聴覚障害学生のうち、メインストリーミング出身が7割、ろう学校出身が3割)、5人ともDeaf Program(難聴学級に近いもの)の存在を強調していた。小中高の全課程の中で、聴覚障害児の受け皿がきちんと用意されている。
下は、インタビューした聴覚障害学生の属性。(クリックで拡大)
RITの2つのサポート (吉川氏)
サポートモデル
RITの聞こえない学生へのサポートモデル。
アクセスサービスとアカデミックサポートの提供の2つに大別される。
直接的サービスモデル
NTIDの学生へのサポートモデル。手話による指導、個別指導などがある。
アクセスサービスの概要 (吉川氏)
情報へのアクセスサービス、日本でいう情報保障を指している。
1 手話通訳
○派遣時間数
→1年間で10万時間(依頼に対する派遣率98%)
○手話通訳者
→ntid専属の通訳者が110人(依頼の70%を担っている)
→外部のパート通訳者が300人(夜間、課外活動など、依頼の約30%を担っている)
→学生通訳者(手話通訳者養成コースに在学中の学生)
○通訳謝礼 →NTIDが独自に設定している4段階レベルの基準による
例)ntid登録1年目:1年間で25,500ドル(初任給) ntid登録8年目:1年間で35,000ドル
○労働時間 →1週間に40時間まで
※アメリカでも100%を達成するのは困難なこと、その中で98%は非常に立派な数字。100%を目指すためには戦略や工夫が必要だが、NTIDにはそれがあるのではないか、という印象だった。
2 ノートテイク
○派遣時間数 →1年間で4万5千時間
※アメリカでは手話通訳を見ていて授業中にノートがとれない聴覚障害学生のために、かわりにノートをとるサポートのことをノートテイクという。情報保障というよりも記録という意味合いが強く、聴覚障害学生と離れた席で書くことも少なくない。授業終了後事務に提出されると、ノートがウェブにアップロードされるようになっている。
○ノートテイカー→学内の学生(同じ授業を履修済みの学生)
○謝礼→1時間6ドル42セント
○養成→1年間NTIDの中で200・400人ぐらいのノートテイカーを養成。(過去には、ワークショップによる4時間の養成を行ってから派遣していた。2年前から、オンラインによる養成を開始)
○現状の課題→パソコンの画面を使って図やグラフを書けるようなタブレットPCを、ノートテイクに活用し、教員の使用したスライドや説明を1つに統合できるようなシステムを開発していきたいとのことだった。
3 技術を活用した支援
○文字通訳への技術活用(speech to text) (大倉氏・吉川氏)
①CART(カート)→裁判所で用いられている速記タイプを聴覚障害学生支援に流用したもの。音声情報の約90%を文字化できる。非常に高価で、高度な技術を要し、入力者の確保が難しい状況。
②C-print[→NTIDが大学の講義向けに開発した文字通訳用ソフト。入力方法は音声認識(オペレーターによる復唱)と略語による入力との2種類から選択できる。入力は基本的に1人で担当し、利用者はパソコン画面を見ながら文字の色などの編集ができる。
※ CARTとC-print[はそれぞれに特徴があり、学生によってどちらを好むか差がある様子。
③遠隔地通信技術を活用した手話通訳の利用?VRSとVRI? (金澤氏)どちらも遠隔地通信技術を使った手話通訳。VRI(ビデオリレーサービス)とは、相手にろう者との通信機器がない場合にそれを仲介するもの。vri(ビデオリモートインタープリティング)とVRIとの最大の違いは、会話をするろう者と聴者が同じ場所にいるか、別の場所にいるか。
VRS→両者が別の場所にいる場合に用いる
VRI→両者が同じ空間にいる(筑波技術大学でも導入している遠隔情報保障サービス)
日本ではリレーサービスはあまり使われていない
なぜアメリカでは遠隔地手話通訳が利用されるのか
日本で使用しているものはまだ実験的な性格があるが、これは技術的な遅れがあるためではなく、技術に対する要求水準がちがうため。
○タイムラグに対する意識の差
遠隔地手話通訳の場合、通訳のタイムラグに加え通信上のタイムラグ(数秒足らず)が生じる。
→日本の場合はそのタイムラグが気になる。(通常の手話通訳との比較)
→アメリカではそのタイムラグをあまり気にしていない。(従来のttyとの比較)
○基本姿勢(文化的な感覚)の差
→日本は、確実なものを作ってから普及させようとする面がある。
→アメリカでは、使えるものは何でも使っていこうという姿勢が強い。
○費用負担の問題への理解の差
→日本には遠隔サービスにかかる負担は負わなくてもいいという感覚がある。
→アメリカでは、基本的に、遠隔サービスを利用した大学が費用を負担する。
○通訳を確保するための地理的な条件の差
→日本では、たいていの地域で手話通訳者派遣を利用できる。
→アメリカでは通訳者が現場に行くまで2・3時間かかるという状況が珍しくない。
アカデミックサポート (原田氏・吉川氏)
アカデミックサポートはADAの規定に基づいて行われるサポートではなく、大学独自の判断で用意しているもの。NTID/RITにおける聴覚障害学生支援の特徴の一つともいえる。
○サポート教員の配置
各学部の学問分野に加え、聴覚障害学生支援について専門知識をもつ教員。NTIDに雇用されていて、7つの各学部に派遣されている。学部の教員に聴覚障害学生への対応方法や配慮事項を伝えたり、直接聴覚障害学生の個別指導にあたったりしている。
○Tutoring service
全学生を対象としたサービスで、聴覚障害学生に対しては手話のできる職員が、学習の援助、指導+相談、カウンセリングを行う。利用するかどうかは本人の自主性にまかされている。
○Peer Tutoring service
成績優秀な聴覚障害学生によるチュータリング。
1 Walk-in tutoring→予約なしでの利用が可能で、その日設置されているチューターから指導を受ける。
2 One-to-One Matched Pair→予約して利用するサービスで、コーディネーターが、ニーズに適したチューターを選ぶ。チューターも評価を受けるため、要望に応える努力をしている。
左の男性がチューター、右下にノートテイカー。聴覚障害学生は2人。講義の中にもチューターが入ることがある。
授業の様子 (原田氏・吉川氏)
実際に手話通訳とノートテイカー、チューター(聴覚障害者)が付いている授業を見学した。
日本では、ノートテイカーは学生が隣に座るが、ここでは後ろの離れたところに座っている。チューターは、授業終了後に、授業内容や通訳者の表現がきちんと理解できたかの確認などを行っている。
RITの教員に対するfd (原田氏)
聴覚障害学生への教育を進める上で実施しているfdについて、下記の質問を行った。
Q1)FD開催の時にどのようにして先生方に来てもらうのか?
A1)RITのサポートグループとパートナーシップの試みではうまく運営できなかった。
→キーパーソンをグループに入れて関係を広げる。
→新しいメンバーを活用する。
Q2)その他、FDを推進していくにはどのような方法があるか?
A2)直接学長からトップダウンという方法もある。→学部を通して大学のFDを推し進めるには効果的。※どちらも強引に進めるのは禁物!
Q3)学生はfdの必要性を感じているか?
A3)教員だけでなく、聴覚障害学生も参加している。
→fd参加の呼びかけ。
→fdでの意見交換の場を設ける。※聴覚障害学生からのアプローチは効果的!
事例(数学、科学での場合) 数学→教室、科学→実験室
•先生と学生のグループでのワークショップ。
→問題点を明確にし、相互理解へ。
→よりよい講義へのヒント。
※それぞれの教科のニーズに対応したFD!
Q4)年何回FDを開催しているか?
A5)最初、年5回(どんなテーマでもok)
→次第に工夫を加えたテーマへ。(10週間に2回は多すぎた)
※新任者研修はとても効果的。
Q5)先生に問題があるときの解決方法は?
A5)問題があればサイトをだけで解決するのではなく、ダイレクトにコンタクトをとる。多くの場合、問題を見つけて出向く。
※教えていくことより、相手からどのような問題があるかを言ってもらうことが大切!
Q6)今後の課題は?
A6)どのようにしたらfdに参加してもらえるようになるのか。
→サイト、メールの活用。
※それぞれの先生とのリレーションシップをこまめにとっていくことが大切!
聴覚障害学生が学ぶためのコースやシステム (吉川氏)
rit/NTIDでは、入学してから学士を取得して卒業するまで、学生のニーズや状況に応じて、何通りものコースが用意されている。
- NTID:(学生数500人)
- 準学士コース(4年間)
- 編入コース(2年間)
- RIT:(聴覚障害学生数500人)
- 学士コース(7学部)
入学してから卒業するまでには、様々なルートが用意されている。学生本人の希望や力に合わせてはしごを掛け、聞こえない学生がより高く上っていけるように、選択肢が広がっているとのこと。
その成果は卒業率にも確実に現れている。
手厚く、様々な角度からのサポートを用意することで、ろうの学生が自分で好きな生き方が選べるよう選択肢が提供されており、それがNTIDの一番の魅力だと思っている。
全米の様子と我が国の課題 (吉川氏)
PEPNet全米大会2006の1セッションで、アメリカの各大学の手話通訳体制について、現状の比較と情報交換が行われた。(クリックで拡大)
今後は、日本の中でも、大学のサポート体制として、専任コーディネーターを置くのは基本と考えたい。
さらにサポートが成熟したところに、アメリカの各大学ですでに実施されている手話通訳養成プログラムが存在すると言える。
日本でもぜひ取り入れていきたい。
日本においても、手話通訳養成プログラムを持つ大学が、サポートの質や量の向上に貢献するばかりでなく、他大学に対して情報提供や支援提供する中核大学となっていくだろう。外部機関に手話通訳養成を委託するのではなく、学内で養成してこそ、学内に二つの文化が生まれ、聞こえる人と聞こえない人との共存がより進んでいくものと思われる。