まず知ってほしい基礎知識 3.聴覚障害学生の大学生活
聴覚に障害のある学生が大学生活を送る際に、まず問題になるのが授業への参加の方法です。特に重度・最重度の聴覚障害学生の場合、大教室で教員が90分間話し続ける講義形式の授業では、まったくと言っていいほど情報が入りません。たとえ口話によるコミュニケーションに非常に長けている学生であったとしても、教員の口の動きというわずかな情報から未知の学問を学ぶことは不可能に近い話だと思った方がよいでしょう。
また、最近ではパワーポイントなど視覚的な資料を用いる先生方も増えてきました。このことは、聴覚障害学生の就学にとって、とても有効な手助けにはなっているのは事実です。
しかし、この場合であっても、文字にされた情報のみを受け取っておけばよいのであれば、授業に参加する意味がありません。大学の授業というのは、やはり資料や文献から得られる情報のみでなく、先生方の体験に基づいた解説や専門分野に対するさまざまな想いを聞いてこそ深みが出るものです。そのため、どのような形態の授業であっても基本的には何らかの形で「情報保障」が必要であると考え、有効な手段について検討していかなければいけないでしょう。
高校まではどのような支援体制にあったのでしょうか?
聴覚障害学生が高校までに受けてきた支援の内容は、育ってきた教育環境により異なります。聾学校での教育を受けてきた学生の場合、先述のように中学校・高校段階では、教員が手話を用い、多様な視覚教材を併用しながら、1クラス10人以下の少人数指導を受けてきたケースが多いと言えます。これに対して一般の中学校・高校では、教員が資料を配付したり、板書やパワーポイントなどの視覚教材を用いて指導を行っている例が多いと言えるでしょう。ただこの場合であっても、聴覚障害学生の感想としては「ほとんど独学であった」と漏らす学生が非常に多く、決して授業の内容がわかる環境にはなっていないのが現実のようです。
しかし、高校までの授業の場合、内容は教科書にそって進みますし、参考書も豊富に出版されています。また、クラス単位で授業を受けるため、周りの生徒や教員は皆、当該生徒に聴覚障害があるということをわかった上で、何か困ったことがあればそれなりに手助けをしてくれます。これに対して大学の授業では、教科書というもの自体存在することが少なく、あったとしてもその内容だけ理解しておけばよいというものではないでしょう。また、授業によって参加する学生が異なるため、誰も当該学生の聴覚障害について知らないまま授業が進んでしまうことも少なくありません。
本来は高校・大学の区別なく、いずれの教育機関においても適切な支援体制の構築が望まれるものですが、大学の場合、聴覚障害学生にとってより負荷の大きい環境にあるということを理解いただければ幸いです。
講師:筑波技術大学障害者高等教育教育研究支援センター准教授 白澤麻弓氏