聴覚障害学生のニーズを活かした支援体制作り 4.全段階を通じての支援-「押しのコーディネート」と「引きの通訳」を-
(1)サポートを構成する諸要素
「より専門的な通訳を受けたい」「より効率的なサービスを提供したい」・・・このような思いは、サポートに携わる方々なら誰しも抱えるでしょう。しかしながら、現実に大学で情報保障を進めていくにあたっては、大学と情報保障者と聴覚障害学生の三者それぞれの事情が一致するところに落ち着くことになります。
すなわち、「学内での支援体制がどこまで構築されているか」、「情報保障は誰がどの程度担うことができるか」、そして「聴覚障害学生はどこまでサポートを受けとめられるか」によって、生み出されるサポートが変わってくると言えます。
(図:サポートの構成要素1)
(2)聴覚障害学生にとってのサポート
聴覚障害学生のサポートに対する受けとめ方として、ここでは3段階を挙げましたが、どの段階が良い悪いというわけではありません。先述の支援例や下図のように、本人の意識だけでなく、大学や通訳者等のサポートの環境によっても大きく左右されてきますので、いったん上がった階段を戻ることもよくあります。支援例の中には、タイミングをつかんだ適切なサポートが、次なる支援を生み出すばかりでなく、聴覚障害学生の心理的安定、ひいては精神的成長をも促していることがうかがえます。
とは言え、聴覚障害学生にとっては、サポートを受けるということになかなか慣れないのも事実です。何年経っても、サポートには気の重さ、面倒くささがつきまといます。それでも、コーディネートや通訳に恵まれたときの、「わかるってすごい!楽しい!」という手ごたえには代えられません。また、時代の先端を行く支援手段が生み出されるたびに、未知の世界へといざなってくれます。新たな一歩を踏み出した瞬間の、新鮮な驚きと喜びは言葉に尽くせないものがあります。
なお、前出の支援例はいずれも一見、順調な例に見えますが、実際にはどの大学でもスムーズに進むことは少なく、その陰で模索の数々が語られています。支援を受ける聴覚障害学生も価値観の転換を迫られ、多大な葛藤を抱えますが、支援する教職員もまた、日々腐心されていることでしょう。「聴覚障害学生からの要望がないから」と待っているのではなく、コーディネーター、あるいはコーディネーターに近い役割を果たす支援者が背中を押すことで、生み出されるものの大きさは計り知れません。
折々のコーディネートはタイミングを逃さないようにしたい場面も多いですが、毎時間をおつきあいいただく通訳者には、むしろ、聴覚障害学生の内なる力を信じた、気の長い見守りがふさわしいかもしれません。教育の場ゆえの時間の積み重ねが醸し出す、回り道も失敗も、幾ばくかの達成感も、「講義通訳」ならではの恩恵でしょう。
(図:サポートの構成要素2)
講師:関東聴覚障害学生サポートセンター 吉川あゆみ氏(所属・肩書きは2006年度時点)