PEPNet-Japanでは、聴覚障害学生に対するエンパワメントを主題とした事業を展開するにあたり、これまで各事業の取組みにご協力いただいてきた有識者にお願いし、「聴覚障害学生にとってエンパワメントとは?」と題した座談会を開催しました(2011年2月21日)。ここでは、この座談会の様子を紹介することで、聴覚障害学生に求められるエンパワメントについて考えていきたいと思います。

【司会】

大杉豊氏:筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 准教授

ろう者。ろう学校幼稚部、小学部を経て、小学3年から一般校にインテグレーションする。大学在学時代の経験、ろうの成人との出会いを通して、ろう者本来の姿とは何かを自問自答しながら、文化的な視点に目覚めていく。手話指導、ろう演劇活動を経た後、米国東部にあるロチェスター大学に留学、言語学博士号を取得する。帰国後は、全日本ろうあ連盟本部事務所長として日々朝早くから夜遅くまで聴覚障害者の諸権利擁護運動に奔走、2006年より本職。現在に至るまで、各授業を通して聴覚障害学生にエンパワメント指導を行う傍ら、学外におけるろう・難聴の学生、社会人へのエンパワメント啓発取組みにも参加している。

大杉豊氏

【ゲスト】

太田琢磨氏:愛媛大学 学生支援部バリアフリー推進室

生後9ヶ月で聴力を失う。小学校から大学までインテグレーションする。大学時代の情報保障に関する取り組みの中、多くの人々の関わりを通して自分の障がいについて深く考えるようになる。大学院では聴覚障がい学生の支援や支援を受ける側の心理に関する研究を行った。その後、アメリカ東部のロチェスター工科大学・国立聾工科大学で1年半のインターンシップを行い、多くの大学の支援室を訪問、障がい学生支援に関わる専門家の関わり方について学ぶ。帰国後は、2009年より本職。入学後から卒業後までを見据えたエンパワメント支援を中心に、障がい学生支援に取り組んでいる。

太田琢磨氏

岡田孝和氏:日本社会事業大学 聴覚障害学生支援プロジェクト室

先天性感音性難聴。一般校にインテグレーションして育つ。大学4年間は支援やサポート、他の聞こえない学生に出会う機会がなく、独学で学び卒業。大学院入学後に手話・ノートテイク等に偶然出会い、また関東聴覚障害学生懇談会での同世代のろう・難聴学生との交流の中から、これまでの健聴者に囲まれた環境の中で自分が持っていたものとは異なる価値観を見出す。大学院生としてサポートを受けつつ、関東聴覚障害学生サポートセンター等で経験を積み、2006年3月より早稲田大学障がい学生支援室に勤務。2007年夏より日本財団聴覚障害者海外奨学金事業の奨学生として、オーロニ大学・サンタクララ大学(カリフォルニア州)に留学。障害学生支援と大学管理運営マネジメントを学び、 Education Administration in Higher Education emphasisの修士号を取得。帰国後、2010年11月より日本社会事業大学聴覚障害者大学教育支援プロジェクト プロジェクトマネージャーとして勤務(〜2013年4月)。

岡田孝和氏

河野恵美氏:立命館大学 障害学生支援室

大学卒業後、聴覚障害を持つようになったため、健聴と聴覚障害の両方の経験がある。大学院で聴覚障害学生として初めての大学生活を送り、自分と周囲に負担が少ない情報保障の形を模索。FM補聴器を利用した受講に限界を感じ、Skypeのチャットを取り入れて講義に参加するようになる。自分が支援を受ける側として学びながら、同時期に、盲ろう児の支援や視覚障害学生の歩行訓練の仕事をする。障害学生支援は、情報保障に関わるすべての経験を通して「大学時代に何を学べるか」という視点で学生を支えることが大切であるという考えを持つようになる。大学院修了後、立命館大学障害学生支援室に勤務、2011年4月より立教大学しょうがい学生支援室しょうがい学生支援コーディネーターとして勤務、現在に至る。

河野恵美氏

中野聡子氏:東京大学 先端科学技術研究センター

5歳のとき、高熱がもとで進行性難聴となる。筑波大学入学後、ろうの先輩やCODAの同級生との出会いにより、ろう者としてのアイデンティティに目覚める。大学・大学院時代は同級生・手話サークルのメンバーの手話通訳やノートテイクによって授業を受け、情報保障と、通訳を利用する際のコミュニケーションスキル獲得の重要性を認識した。そのことは東大先端研で職務にあたる際にも活かされている。手話言語発達、難聴児の心理,音声認識字幕など研究の関心の範囲は幅広いが、常にろう者でなければ気づかない視点にもとづいた研究を行っている。

中野聡子氏

長野留美子氏:関東聴覚障害学生サポートセンター

ろう学校幼稚部修了後、地域の学校にインテグレーション。長年のインテグレーションにおける情報保障のない学習環境に疑問を呈し、大学入学後、「聴覚障害学生サポートセンター構想」の実現に向けて、全国聴覚障害学生の集い(1995年)・日本特殊教育学会(1996年)等で発表するなど奔走。学生団体での活動に限界を感じ、大学卒業後、米国ギャローデット大学へ留学。帰国後、福祉施設や会社勤務を経て、2006年、ろう・難聴女性グループ「Lifestyles of Deaf Women」を立上げ、現在、子育ての傍ら、「ろう・難聴女性のキャリアと子育て」における課題解決に向けて女性のエンパワメント啓発に取り組む。地域では、聴者の母親たちと共に立ち上げた子育てグループを通して地元自治体の福祉のまちづくりに関わり始めたことを機に、ろう・難聴女性の社会参加の方法にも関心を持っている。

長野留美子氏

松崎丈氏:宮城教育大学 特別支援教育講座 准教授

ろう者。先天性風疹症候群により失聴。聾学校幼稚部、小学校から高校までインテグレート。中学校の頃から学校教育の体制や理念に疑問を持ち、「教育」や「主体性」とは何かを問うようになる。大学入学後は「宮城県聴覚障害学生の会」「宮城県・仙台市聴覚障害学生情報保障支援センター」等を設立。2004年の米国視察で、日本にも聴覚障害学生支援にエンパワメントの視点が重要になると考え、PEPNet-Japan等のシンポジウムや研修会で、エンパワメントを導入し聴覚障害学生を教育的な視点で育てる必要性を説く。聴覚障害学生との日々の係わりにエンパワメントの視点は常にあり、学生一人ひとりに大学生活や専門分野で「自分はどう生きるのか」問いを投げかけながら、いわゆる技術論のみに奪われず、周囲との関係性や自分の在り方をともに模索している。

松崎丈氏

吉川あゆみ氏:関東聴覚障害学生サポートセンター

関東聴覚障害学生サポートセンタースタッフ。1歳11か月のとき失聴。聾学校幼稚部、小学部を経て、小学2年生より一般校に通う。高校進学後、クラス全員が毎日ローテーションでノートテイクする環境で3年間をすごす。同時期に手話と出会い、関東聴覚障害学生懇談会等で同じ仲間と接する中で自分を見つめなおしていく。大学2年生から現在まで関東聴覚障害学生サポートセンター、2009・2010年日本社会事業大学聴覚障害学生支援プロジェクト室で聴覚障害学生支援に携わる。ろう者が専門職として主体的に仕事をしていくためには、学生の間に情報保障を使いこなすことがポイントになると感じている。

吉川あゆみ氏

白澤麻弓氏:筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 准教授

聴者。手話通訳士。日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局長。大学時代に手話と出会ったことをきっかけに、聴覚障害学生に対する情報保障活動にのめり込む。在学中は、同級生に対する手話通訳や情報保障のコーディネートを担ってきた他、関東地区の大学に対して聴覚障害学生支援に関する助言・指導を行う関東聴覚障害学生サポートセンター(当時:関東学生情報保障者派遣委員会)の事務局長などを担当。卒業後、筑波大学準研究員を経て、2004年より筑波技術大学(当時:筑波技術短期大学)に勤務。同年、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)を設立して以降、全国の大学における支援体制向上に向けた実践ならびに研究に従事している。

白澤麻弓氏

※2011年2月21日時点  (敬称略)

大杉氏/本日は、ろう・難聴学生、聴覚障害学生のエンパワメントという大きなテーマについて話し合う場にお集りいただき、どうもありがとうございます。まず、エンパワメントについて意見を交わし合う前に、私からエンパワメントに関する話題を2つ提供したいと思います。

まず1つ目ですが、現在ダスキンでのジュニアリーダー育成グループ研修というのが3年前から始まり、そのお手伝いをさせて頂いております。この研修は、現時点では高校生が参加対象になっていますが、各国への研修旅行を通して集団生活・行動を行い、異言語・異文化体験をしてもらうというものです。この研修は、異国でろう・難聴の若年が集団行動を通して、リーダーシップをとる力を養い、エンパワメントを育てていくことを目的としています。

2つ目に、日本でも各方面において「エンパワメント」という言葉が頻繁にみられるようになってきました。講演でもお話させていただいていることなのですが、私は聴覚障害者にとってのエンパワメントを、障害のある人が障害のない人並みにできるように頑張るということなのではなく、聴覚障害者としてできることの力をつけていくという意味合いで使っています。

ろう・難聴者をエンパワメントしていくための1つに、ろう・難聴者の言語である、手話について社会に正しい知識を広める必要性が挙げられます。例えば、個人的な経験になりますが、私はろう学校時代口話法による厳しい教育を受けながら、日本語の読み書きの力を身につけてきました。その後インテグレーションを経験するのですが、その間は友人との交流の中で自分を映す鏡がなく、自信あふれる自分を形成することができず、アイデンティティにゆらぎがありました。これはインテグレーションを経験しているろう・難聴者は多くが経験していることなのではないかと思います。大学時代、今で言う情報保障体制がなく、入学する前に母が大学側と相談した際に「周りに迷惑をかけないこと」を条件に入学することを認められ、誓約書を書かされました。入学後講義が始まると同時に録音機の電源を入れ、講義の間は全く情報が把握できない状態でした。講義終了後録音機を家に持ち帰り、母に聞き取ってもらい手書きで文字起こしをしてもらうという日々が続きました。大学で勉強をした経験がない母が背負う負担は想像に難くなく、「自分がいかに非力であるか、自分で行動を一つも起こせないのか」と、非常に複雑な思いでしばらくの時を送りました。そんな中、ろうの成人と出会う機会に恵まれました。皆さんもご存知と思いますが、ろう演劇役者で有名な米内山明宏さんです。彼との出会いをきっかけとして演劇に目覚め、地域の手話サークル活動にも関わるようになり、自分でできる行動範囲を広げつつ、ろう者としてアイデンティティを確固たるものにしていきました。これこそ、私にとってエンパワメントされるきっかけの1つだったのではないかと思います。

以上自分が今関わっている事業や、個人的な経験の話を通して、自分がエンパワメントをどのように捉えているかを皆さんにご理解いただけたのではないかと思います。この理解がはたして皆さんと共有できるものなのか、そしてろう・難聴の学生をエンパワメントするシステムというか、何か研修会のようなものを企画できないものかと、考えることがいくつかあります。そこで、「聴覚障害学生にとってエンパワメントとは?」というテーマで集まっていただいたみなさんに、まずろう・難聴学生の立場を考えた上で、一人一人のイメージを自由に話していただきたいと思います。まず、松崎先生、長野さんはいかがですか。

座談会10

松崎氏/個人的な見解になりますが、エンパワメントのイメージというか、概念は大きくわけて2つあると思います。まず、1つ目ですが、社会からの抑圧について意識することが大切だと思います。大杉先生からのお話にもありましたように、ろう・難聴者は気づかないうちに抑圧を受けている面があり、それに無自覚だった、または聞こえないから仕方ないと諦めてしまうという経験は、皆さんもあると思います。実際はそうではなく、自分の力は元々環境からの抑圧により力が挟められていたという疑問を持つことから、エンパワメントへの意識が芽生えていくと思います。もちろん、それを変えていかなければならないと思いますし、意識を「高揚」させたり、時には感情が入るでしょう。例えば周囲に対する批判的感情です。要するに、自分が抑圧を受けていたという意識を持つことからはじめることが大切だと思います。

2つ目の段階として、自分のことだけでなく社会と共に権利を自覚して、そこからどう動くかを考える、つまり「止揚(アウフヘーベン)」の意識を持つことだと思います。高揚は抑圧に対しての意識の感情的高まりもありますが、その後視野を広げて自分と社会の問題をうまくリンクさせ、大切なことは何なのかまで突き詰めていくのが「止揚」の段階です。つまり、1段階目の「高揚」だけでは充分ではなく、2段階目の「止揚」まで進んではじめてエンパワメントというのではないか、これが私のエンパワメントに対する概念です。

長野/エンパワメントというテーマは広義に渡ると思います。私自身、インテグレーションを経験していますが、当時は今のような情報保障体制がなく、授業の内容を把握できなかったり、周囲から孤立したりするなど、松崎先生もお話されていたような抑圧された状況に我慢することができず、感情的になっていた時期があったように思います。そんな経験が、関東聴覚障害学生サポートセンターを立ち上げるきっかけとなり、1995年に開催された「第15回全国聴覚障害学生の集い」での発信を通して、様々な協力者との出会いに恵まれて活動の幅を広げていくことができました。学生時代は、自分の置かれている状況を冷静に分析することが中々できず、壁にぶつかってはもがき、なんとか解決していくということの繰り返しでした。今、当時を振り返ってみますと、もっとよい交渉方法はあったのではないか、周りにきちんと訴えていく力を身につけていれば違ったのではないかという反省点もあります。

2009年に行われた第5回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムでも、全体会のパネリストとして、今お話させていただいたような内容を発表させていただきました。現在は、ろう・難聴の女性に関する活動に携わっていますが、ろう・難聴女性が抱える「女性のキャリアと子育て」における課題を、どう社会に理解してもらい、社会参加につなげていくかというテーマに取組んでいます。そこでもやはりエンパワメントの意義を持ちながら、活動しています。自分が今置かれている状況の範囲だけで解決するのではなく、エンパワメントを通して何らかの形でうまく社会参加に繋げていくことが大切だと思います。

大杉/松崎先生、長野さん、ありがとうございます。次に、中野先生はいかがですか。

中野/私自身の経験を言えば、松崎先生がおっしゃるように学生時代は周囲に自分のことを主張していく、まさに「高揚」の時期だったと思います。だまっていたままでは何も変わらないということですね。自分の障害についてきちんと周囲に伝える力が大切であるということを、みなさんのお話を聞いて改めて感じました。しかしながら大学卒業後、社会ではただ主張するだけでなく、相手に理解され受け入れられるようなやりかたが重要だということを経験してきました。つまり、聴こえない立場として権利を主張するばかりでなく、相手に要望を受け入れてもらえるような手段を考えていくということですね。はじめから高い要望を一気にだすのではなく、少しずつ段階を踏んでいくとか、自分一人だけでなく同じような考えを持っている人を集めてそこから訴えていくなどの戦略も必要だということです。

また、ろう・難聴者としてのコミュニケーションスキルの向上も必要です。手話・要約筆記・筆談など、TPOに合わせた方法の使い分けや手話通訳の使い方などを身につけていかなければならないのですが、当事者であるろう・難聴者の先輩ならば適したアドバイスができるのではないかと思います。今回のようにろう・難聴当事者が主体になってエンパワメントに関する研修を企画してゆくことはとても大切だと思います。

吉川/長らく通訳コーディネートに携わっておりますが、ろう・難聴の大学生への支援をしていく上で、本人をエンパワメントさせていくことが非常に大切なポイントになるのではないかと思っています。具体的にどのように働きかけていくかを考えた時、大杉先生のおっしゃるようにワークショップやグループワークのような方法も有効でしょうし、別の方法としましては「通訳を付ける」「情報保障を受ける」という体験を与えること自体が、大きなエンパワメント効果があると感じています。たとえば、PEPNet-Japanの活動に手話通訳評価事業というのがありまして、色々なタイプの手話通訳をろう学生に評価してもらいますと、想像以上の手ごたえがありました。つまり、「色々な通訳を見たのは初めて」「これまで自分に合うと思っていたのとは異なるタイプの通訳のほうがよくわかった」といった意見が聞かれたほか、大学院生が通訳者に要望を出している様子を学部生が見て、「要望を出してもいいんだ」「自分もこうするといいかも」と動き方が変わってきます。自分の要望を整理し、建設的に通訳者に伝えることが大切だという自覚につながるのです。松崎先生がおっしゃる「高揚」と「止揚」の2つを、手話通訳評価を通して体験できたのではないかと思います。このような情報保障によるエンパワメントの機会を提供していくのも1つの方法で、社会に出た後にも活きてくるものがあるのではないかと思っています。

大杉/岡田さん、太田さん、河野さんはいかがですか。

岡田/エンパワメントへの関心はここ最近高まってきているような気がします。ただ、「エンパワメントが必要」という言われ方がよくされますが、そもそもこれは概念を指す言葉であって、どのようにそれを実現するかという手段や方法については、あまり議論されていないように感じます。エンパワメントは必要、でもそれをどうやって?とこれから考える必要があると思います。実現する方法としては、ロールモデルに出会うというのも一つだと思います。個人的な経験になりますが、米国に留学中に、自分にとってロールモデルとなる、メンターのろうの先生との出会いに恵まれ、その先生からのご指導を通して、自分を成長させることができました。それを「エンパワメント」というのかわかりませんが、こういうきっかけ、出会いは1つの契機になりました。何かしら行動を起こす際の「鏡」となるような人との出会い、同じような目線で考えてもらえることができ、志を共にしながら行動をとることができる、そういう存在がいることはとても大切なことだと思います。

自分は研究者になりたいという気持ちが特に強いわけではありませんが、大学院時代を振り返ると、ろう・難聴者が研究者になりたいと思った時、誰から学べばよいのか、なかなかモデルになりそうなロールモデルに出会う機会がないというか、少ないと思います。聴者の場合、おそらく友達、先輩との交流、それはゼミ以外での部分が大きいと思うのですが、それを通して情報交換したり、学会への参加、そしてそこでも交流というか公的な関わり以外のことが大きいとは思うのですが、その場でネットワークを広げていくなどといった経験を通して、研究者のイメージややり方などを、少しずつ自分の中で確立させたり知識を得たりしていると思います。でも、ろう・難聴の場合、なかなかそういった機会を得ることは現時点では難しいのではないかと思います。米国での留学では、そういうロールモデルになった先生や、様々なろう・難聴者との、手話による日常的な、それこそ雑談から何からの様々な交流を通し、少しずつ自分のイメージを作り上げていくことができるようになったのではないかと思っています。おそらく聴者が、大学や大学院で通る、まさに「大人になっていく階段」を、ロールモデルを見ながら遅まきながら経験できたのではないかと思います。

また、エンパワメントのためには、自分の限界について知ることも大切なポイントになると思います。つまり、自分で出来る範囲を理解することです。これもメンターの先生から学んだことの1つなのですが、自分でコントロール出来ないことは気にしない、ということを学んだことも大きかったです。例えば、友人といさかいが起こった時、傷つくかもしれないけれども修復を試みることはできると思います。でも、一定の範囲を超えた場合、あるいは別のことでも良いのですが、自分ではどうしようもないこと、自分では及ばないこと、これはある意味でしょうがないよ、と。これをいつまでも気にしていたら、それこそ倒れてしまう。これは自分でストレスというか、感情をコントロールし、自分を保つということで、こういったこともエンパワメントと関係してくるのではないかと思います。

太田/個人的な見解ですが、「エンパワメント」という言葉が独り歩きしているのではないかと日頃感じています。つまり、支援の中で具体的に何をしなければならないのか、というところまで及んでいないように思います。ろう・難聴学生の中には、自分の限界を超えているのにその先へ行こうとして失敗する人が多いように思います。それを解決するために、ロールモデルの存在意義は非常に大きいと思います。自分自身について改めて振り返ってみますと、成長過程の中で「自分には情報が足りていない」「全く聴こえない」ということをきちんと自分で把握できていなかった時期がありました。学生時代、筑波技術短期大学(現:筑波技術大学)に遊びに行ったことがあり、その時に初めて手話というコミュニケーション方法の重要性を思い知りました。同じろう・難聴者同士なのにコミュンケーションができず、みんなの会話に参加できない自分にショックを受けました。また、1ヶ月半ほど船で共同生活をしたことがあります。途中で逃げ出せない特殊な環境の中で人間関係が難しくなった時、初めて自分には手話や通訳を使うことも必要だと考えるようになりました。自分にとって何が必要なのかと考える力を身に付ける過程を支えていく。これもエンパワメント支援に求められることだと思います。

座談会11

河野/私は、以前は健聴でしたのでここにいるみなさんとは少し異なる部分もあるかもしれません。私にとって、今回のみなさんとの意見交換がエンパワメントの機会になっているように思います。個人的な見解ですが、エンパワメントと人への信頼は切っても切れない関係なのではないか、と思っています。手話や口話、筆談…どんなコミュニケーション手段であったとしても、自分の周囲の人に対する信頼が持てない限り、なかなかエンパワメントする、させることは難しいのではないかと思います。個人的な経験談ですが、私は受験した大学から大学院の入学試験の面接でFM補聴器の持ち込みを禁止されたことがあり、いわゆる松崎先生がおっしゃった“抑圧”というよりは門前払いを受けたんですね。そのことを信頼している先生に相談したところ、「あなたが困っている時、そこにいるのはあなた自身です。情報保障やあなたが必要としていることを知らない人には、あなたが説明してあげなければいけない」と言われ、その時に初めて「自分から周囲に働きかけることが大切」と自覚したという経験があります。これがきっかけで、入学試験の配慮のお願いを書き直すなど、必要に応じて支援をお願いしたり、自分で工夫したりしてきました。こういった経験が、私にとってのエンパワメントになったのではないかと思っています。今、大学に通う障害学生の中には周囲の人のことを信頼できない人もいて、どんなにいろいろな支援手段を試しても、人への信頼がなければどれも効果がないという実態もあると感じています。具体的な方法は思いつきませんが、そうした部分もエンパワメントの中に含めていって欲しいと思っています。また、ロールモデルから学べる、ろう者だからわかってもらえる、という考え方だけでなく、聞こえる人からも学べる、両方から学べるという要素が入っていたらいいのではないかと思っています。というのも、私が大学院の入試で困ったときに相談した先生は健聴だったからです。

大杉/皆さんに「エンパワメント」のイメージについてそれぞれ話していただきまして、私自身いろいろと知ることがありましたし、ある程度共有できるのではないかと感じています。PEPNet-Japan事務局長を長年務めている白澤先生からも、何かがございましたら教えてください。

白澤/河野さんの話にもありましたように「人を信頼する」ということは非常に大きなポイントになると思います。特に聴覚障害学生の場合は「聞こえる大人に頼れる」ということが大切だと思います。ろう者の場合、どうしても聴者から抑圧を受けるという経験をしてきています。大学との関係と言えば「抑圧を受ける相手」になりがちです。入学する前から断られる、先生にお願いしても断られる、断られてばかりの連続で、断るのは皮肉にも常に聴者の成人達で、彼らを信用するという機会に恵まれることは少ないです。そのような中、大学側に本当に信頼できる人がいる、自分が置かれている立場を理解してくれる存在がいるということは非常に大きいと思います。その経験を通して、はじめて自ら行動し、大学を変えていったり、冷静に周りの状況に併せて、落ち着いて話をし、周囲を説得してく技術を学ぶことができるのだと思います。また、何人かの発言にもありましたように「エンパワメント」の概念だけが先走っているというのは事実で、具体的な方策については全く検討されていない状況です。今回の意見交換を通して、エンパワメントを高めていけるような機会を皆さんで提案して、検討を進めていくことができたらと思っています。

大杉/白澤先生、貴重なご意見ありがとうございました。ポイントとしては、まず1つ目に、大学に入学する時点で拒否される経験の連続で、大学に入ってからもいろいろ行き詰まる経験を多くのろう・難聴学生が持っていることであり、ではどうするのかというところですね。大学に信頼できる人がいる、きちんと向き合って話し合える相手がいる、そういう環境が用意されていることが大切です。この環境整備を、エンパワメントの視点でどのように推進していくかですね。2つ目としては、「エンパワメント」の概念や言葉そのものの意味が曖昧なままに終わってしまう、またイメージが具体化されぬままに終わってしまうのではなく、内容のはっきりとした研修プログラムを提示したり、学生を指導する際にエンパワメントの概念に基づいたコーチング手法を取り入れるなど、そうする中で具体的な方策を検討していくことです。

また、「エンパワメント」とは、結果論的なものでありそこに至る過程としては、個人間で程度の差はあるけれど、大学で情報保障を受ける中で受動的な姿勢から能動的な姿勢に転じ、聴覚障害を持つ自分自身の抑圧と解放を自覚する段階があり、そして自分自身だけでなく周りの人々、ひいては社会全体の権利覚醒のために自分がどう動くかを意識する段階があるのではないかという意見もありました。

本日集まられた皆さんはそれぞれが大学時代に情報保障を求めて積極的に動かれた方々ですが、今は大学側の理解がある程度進み、学生課や支援課に行って耳が聞こえないことを伝えれば、ノートテークや手話通訳の準備をしてくれることが多くなっていますので、少々楽になっている分エンパワメントされるきっかけが乏しくなっていて、大学を卒業して社会に入ったあとに困るケースが増えているような話も聞いています。そういう現状の中で、ろう・難聴学生にどのようなエンパワメント研修が必要なのかを、具体的に検討していきたいと思いますので、今後とも皆さんのご協力をよろしくお願いいたします。

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