2011年にPEPNet-Japanが実施した「聴覚障害学生のエンパワメントモデル研修会」の実践報告を元に作成しています。参考事例としてご覧ください。

本企画では、ビジネスメールとしてよくある「お礼と事務手続きの依頼」を取り上げた。まず、司会が企画趣旨と実践練習をするビジネスメールのテーマと内容を説明し、受講生が個別にメールを作成、お互いにそれを見せ合い意見交換を行った。その後、講師が模範例を見せながら「ビジネスメール」の基本となるフォーマットについて説明をした。短い時間ながら、実際に自分でメール作成をし、他の人のものをみて比較することで、多くの学生が自分自身の現状や課題に気づいたようであった。

役割

人数背景
司会1名スタッフ。聴覚障害当事者。障害学生支援室のコーディネーターとして聴覚障害学生支援に従事している。
講師1名大学教員。日頃から聴覚障害学生への指導にあたっている。

メール作成

司会による企画説明の際「仕事を始めたら“聴覚障害者は、耳は聞こえない、聞こえにくいが目は見える。だから、きちんとした文章が書けるはず”というように周囲からみられている。その中で、本当にメールがきちんと書けるかどうかは非常に大事になる」という説明を加えた。この説明は、多くの聴覚障害学生に響いたようである。
メール作成は長めに時間を取り15分とした。書き終わらない学生も多いのではと予想していたが、実際には時間内に書き終えている学生がほとんどであった。また、かなり早く書き終わる学生もいる中で、制限時間内に書き終わらない学生も数人おり、個人差があった。しかし、一見問題なく書けているようにみえる学生のメールも、よく確認すると添削すべき箇所があった。

メールを作成する学生

例えば、携帯のメールに慣れているからか、自分の名前を書いていない、必要以上の改行(常に3行改行している)をしている、文末は「です」「ます」調になっているものの口語体で書いている、などである。これは多くの学生にみられた。

対外的な言葉遣いとその使い分けについて非常に印象に残ったので、事例をいくつか紹介したい。

「○日までに必要書類を郵送してほしい」という主旨の文章を、「○日厳守」と書いている学生がいた。これはおそらくいつも自分が教職員等からもらっているメールを模倣しているものと思われる。また、実践練習のテーマと内容は「こちら(受講生)からメールの送信相手に仕事をお願いしている」という設定なのだが、仕事を依頼した相手の交通費について「後日、立て替えさせていただきます」と表現している学生が複数いた(実際には、こちらが相手に仕事をお願いしているので、立て替えているのは相手である)。これは、仕事の仕組み(依頼する・される)、関係性を知らないことに起因しているのでは、と推測し、添削のコメントに今回のテーマ設定の背景について簡単に説明を付記することとした。

もうひとつは、自分の肩書、署名の書き方である。今回、パワーポイントにかなり詳細に設定を書き、設定では受講生の「立場:講演会の主催者」と記載した。メール文頭に「こんにちは、講演会の主催者 ○○と申します」というもの、署名に「講演会主催者 ○○ ac.jp」と書いている学生が数人いた。この場合は、「講演会の担当 ○○です」などと書くべきだが、ビジネスメール以前にこのような対外的な言葉遣いが身についていないと思われる学生もいた。

講師による解説

一方、「いつもお世話になっております」「時節柄、ご自愛ください」等の枕詞、結びの挨拶まできちんと書くことができている学生もいた。短時間でほぼ添削が必要ないメールを作成する学生もおり、これは、学年のみならず、大学内外の活動等を通して、対外的なメールを書き慣れているかどうか、メールを含めた対外的なやり取りの経験がどの程度あるかに大きく関わっているようであった。

実践練習の要、「お礼」については、口語体であったとしても自分で考えた感謝の気持ちやエピソードを書いている学生が何人かいた。ビジネスメールにはある一定のフォーマットはあるが、マニュアルのない内容のビジネスメールを書くこともある。その際、自分で考えて書く、というチカラが非常に大切になるので荒削りではあっても具体的なエピソード等を書くことができることは大切であると感じた。

学生同士/講師からのフィードバック

学生がグループ全員でお互いの書いたものを見て意見交換する時間は5分と短く、きちんと学生同士で意見交換できるかやや心配していたが、すでにいくつかのプログラムを一緒にこなしていた後でもあり、司会が促さなくてもどのグループも自発的に話し合っていた。ただ、「ここはいいと思う」「ここはよくないと思う」という発言はあっても、具体的に何がよく、何がよくないのかについての言及は少なく、その点についてだけ司会が介入することがあった。

実際に、模範例をみせながらの講師のフィードバックは非常にわかりやすかったようである。自分でメモを取っている学生も複数いた。

解説を聞く学生

まとめ

今回の受講生である聴覚障害学生は、物心ついた頃から当たり前の物として携帯電話が存在しており、携帯電話で日常的にメールをやり取りすることも特別なことではない年代である。しかし、聴覚障害学生が日常メールをやり取りするのは非常に限定的な交友関係の中だけであり、「今まで通りのメールでは仕事を始めてからは通用しない」ということを学生に自覚してもらうことが重要である。大学までは、他者に送るメールとして多少そぐわない文章を書いていても、意味さえ通じれば対応してもらえることが多いが、社会に出てからはそうはいかない。この当たり前のことをしっかり説明することにより、受講生が問題意識を持つようなきっかけを作ることが大切であると感じた。

ビジネスメールとしてこなれているかどうかとは別に、「日本語文」の問題を感じた学生が若干名いた。これと関連して、受講生のメール添削は、グループごとにブラザー・シスターが添削することになっていたが、どのレベルまで添削するのかについては、ブラザー・シスターの間でもかなり意見が分かれるところだった。聴覚障害学生の中には、自分の日本語の文章に不自然さがあることを自覚している人もいるので、不自然な箇所は全て添削してよい、という意見や、違和感がある部分全てを添削することで逆に自信を喪失してしまうのではないか、場合によっては日本語そのものについての指導になるが研修会という1回きりの限られた時間の中でどこまでやるのが適切であるか、など様々な意見交換がなされた。今回の研修会はスケジュールがタイトだったこともあり、ブラザー・シスターの間で、共通した添削基準をもって添削することが困難だったため、本企画講師の河野(かわの)氏がコメント添付する形で返却した。返却時にすぐにコメントに目を通す学生が多く、時間が許せば添削まで企画スケジュールに含めてもよいかもしれない。今後、同様の企画を行う際も添削基準はとても重要なものになるだろう。しっかり議論したうえで企画を実施することが望ましい。

また、本企画では進行の手順としてまず何も知識がないところで書かせ、ビジネスメールの基本を説明し、添削するというプロセスを採用した。しかし実施してみたところ、逆に、ビジネスメールの書き方の基本をまず説明し、その後で実際に書いてみるというプロセスの方がより効果的な学習になったのではないかという点が反省点として挙げられた。

学生のアンケートからは「ビジネスメールに限らず、事務的な連絡などのメールの書き方を教わる機会が今までなかったので、学生のうちに学べて良かった。」「実際の仕事上、耳が聞こえないのでメールはとても重要になる。そこをきちんと押さえていたし、私のメールの作り方の問題点をあぶりだしてくれたので良かった。」などの記述があった。参観していた教職員の方からは、聴覚障害学生に限らず「大学生」として必要になるスキルなので、自分の大学の学生にぜひ受けてほしいと思うような企画だった、との感想をいただいた。

お互いのメールを確認する学生

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