2011年にPEPNet-Japanが実施した「聴覚障害学生のエンパワメントモデル研修会」の実践報告を元に作成しています。参考事例としてご覧ください。

本企画では、まず3人の講師に生い立ちから語っていただいた。「働くこと」について司会が問題提起した後、グループに分かれてテーマに沿って聴覚障害学生が自分の考えを付箋に書いた。講師と司会の4人がグループ4つを回り、付箋をもとにしてクロストークを行った。クロストークでは聴覚障害学生が講師に積極的に質問する様子がみられ、仕事を始めてからのイメージを掴むよい時間となった。

役割

人数背景
司会1名聴覚障害者として、大学生活と社会人生活の両方を経験している方。
講師3名3名とも、大学時代になんらかの情報保障、または周囲からのサポートを受け、サークル活動等を積極的に行っていた経験を持っている方。卒業後、一般企業や公務員として活躍されている。
タイムキーパー1名スタッフ

講師の生い立ちを聞く

本企画では、「自分のことについて生い立ちを含めて説明できるようになる」こともひとつの柱とした。そこで本企画では、講師3名の方にそれぞれの生い立ちから語っていただいた。

個人的な情報も含まれるため、ここではその詳細を掲載できないが、例えば以下のような内容が語られた。

■Aさん

幼稚部から小学校までろう学校、中学校からはインテグレーションし、健聴の友人と一緒に学びました。ろう学校は手話を使用しない方針で、手話を覚えるまでの主なコミュニケーション手段は口話でした。

大学2年までは、講義の時は最前列に座るようにし、支援は受けていませんでした。聴覚障害を持っている自分をあまり良く思っておらず、サポートを受けることに抵抗があったためです。しかし、2年の途中から誘われて手話サークルに参加するようになり、同じ聴覚障害を持つ仲間との交流を通して徐々に考え方が変わり、聴覚障害を肯定的にとらえるようになりました。大学3、4年生の2年間は、手話サークルの中心的なメンバーとして企画運営に携わり、あのときの経験は大きな財産になっています。情報保障も3年時から利用するようになり、いろいろ試しましたが最終的にはパソコンノートテイクに落ち着きました。障害学生支援室主催の意見交換会では、ノートテイクでのサポート方法について話し合い、自らのニーズについて振り返るとともに、大学にもノウハウを残すことができました。

■Bさん

先天性の聴覚障害です。高校までは口話と筆談によるコミュニケーションをしていたため、手話はできなかったのですが、大学入学後、ろうの先輩との出会いをきっかけに手話を覚え始めました。以後コミュニケーションの幅が広がり、聴覚障害の友人も健聴の友人もでき、楽しい大学生活を送ることができました。

先輩がノートテイクを受けていたため、私も入学当初から支援を受けることができましたが、ゼミでの議論には書くスピードが追いつかず、手話通訳を試す、ディスカッションの方法を工夫するなど、試行錯誤した経験があります。

講演の様子

■Cさん

幼稚部から高等部までずっとろう学校で育ち、自然と手話は身につきました。入学した大学は私が入る2年前にノートテイクの制度ができたばかりで、ノートテイカーの数が足りず、重要な講義にのみ付けられる状態でした。これでは満足に学ぶことができないと感じ、大学に情報保障の充実を求めました。ただ、やみくもにお願いしても話が進まないという失敗の経験をしてからは、自分なりに情報保障について学び、なぜ通訳者が必要なのかを大学に伝え、周囲の理解者を増やしながら少しずつ先生や事務の人へ支援の輪を広げました。その結果、養成講座を開催する許可が下り、自ら講師として前に立ち、ノートテイカーを養成することができました。

「働く」ってどういうこと?

学生時代にもっていたイメージと、実際に働いてからは何が違ったか?ということについては、講師からそれぞれ「職場の先輩に言われたことで印象に残ってるのは、“仕事は完璧にやらないといけない”と言われたこと。大学だったら試験は60点で合格すれば十分だけど、職場では、完璧に100点取らないといけないと言われたことが印象に残ってます」「私は、第一希望の職種の試験に落ちてショックが大きすぎたので、働き始めたころのことは全く覚えてないんですね。先輩達が非常に優しかったことは覚えています」「ちょっとした例ですが、ペットボトルを下に置く癖があります。職場のデスクにはパソコンがあります。それを誤って壊してしまわないように、飲み物を置いてはいけないんですね。ですので、床に置く癖が付いて、今では逆に、テーブルに飲み物があると抵抗があります。そういう意味で価値観が変わったなと思います」というお話があった。まだ働いた経験がない受講生にとって、非常に新鮮だったようだ。

クロストーク

受講生には、研修会でより具体的に講師の方々と意見を交わせるように、事前課題の中に「講師に聞いてみたいこと」という項目を作成した。その中で最も多かったのは、やはり職場でのコミュニケーションに関することであった。以下にいくつか紹介する。

  • 多人数でのコミュニケーションの際は、どんな方法を使っていますか?
  • 職場の会議ではどのようなサポートを受けていますか?
  • 仕事をする中で自分でできないことを、仕事仲間へお願いするときに出る「遠慮」を、どう克服していますか?
  • 内容が分かっていないのに、分かったふりをして後で失敗・後悔してしまうなど、聴覚障害に関係した失敗談とその教訓は何かありますか?
  • 職場の人との飲み会ではどうしていますか?
グループディスカッションの様子

そこで、本企画のクロストークのテーマは「職場でのコミュニケーションで困難を感じるのはどんなとき?自分だったら それにどう対処しようと思う? どう周囲に働きかけていく?」に設定することにした。
聴覚障害学生にとっては、大学卒業後も続く永遠のテーマなのでどの受講生も真剣であった。クロストークの最初に、それぞれ付箋に自分の考えを書き、その後グループディスカッションは、お互いの不安やそれぞれが考えた解決策を知る貴重な時間になった。
付箋に多くの聴覚障害学生が記述したのが「会議」「ミーティング」についてであり、これについての話題はどのグループでもあがっていた。
その他、

  • 同僚や上司とはどうやってコミュニケーションをしているのか
  • 言われたことがわからなかったら、どうやって確認しているか
  • 急に口話だけで話しかけられ、それがわからないときはどうしたらいいのか
  • 相手に自分が言ったことが通じるのか不安になる
  • 職場で交わされる雑談はどうしているのか
  • 雑談は職場の人間関係に関係あるのか、ないのか
  • 職場の飲み会について

など、学生の不安が垣間見える内容でもあり、話題は多岐に渡った。
以下に、「職場での雑談にはどう対処しているのか?」についてのクロストークの一部を紹介する。実際は手話でやり取りされた会話である。

講師:
「いつも机に筆談ボードを置いていて、例えば隣の人と他の同僚が雑談して、何か仕事に関係ありそうだなと思ったら、雑談が終わった後、タイミングを見てブギーボードを出して『今の、何話してたんですか?』と積極的に聞いている。何気ない雑談でも仕事に関係あるかもしれないし、できるだけ知りたいから積極的に聞くようにしてる」

学生:
「でも100パーセントではないんですよね?ストレスたまらないですか?」

講師:
「そうそう、雑談は色んなところで飛び交っているから、もちろん100パーセントではない。でも(わからなかった、または聞けなかった)他の雑談は気にしないようにしてる。全部気にすると疲れちゃうから」

学生:
「割り切るってことですか?」

講師:
「そうそう、聞ける部分は積極的に聞くけど、それ以外は仕方がない!って割り切る事も大切」

学生:
「(一同に)へぇー、なるほど」

講師の話を聞く参加者

このやり取りをみていたブラザー・シスターからは「職場でのコミュニケーションでの解決方法を考えることももちろん大切だが、割り切るということも大切なんだ、と学生たちが感じ取った瞬間のように感じた」とのことだった。 その他の話題に対する講師の工夫、回答は以下のとおりである(筆談で記録が残っているものについてはできるだけ、原文のままとしている)。

○会議・ミーティングの時はどうしているのか?
  • 講師の手元メモの写しを事前にもらう、分からない時は隣の人にメモを取ってもらう。
  • リアルタイムにサポートをしてもらうのは難しいので、先輩などに要約を書いてもらったり、会議後に内容を教えてもらったりしている。
  • 職場では通訳はついていない。毎回、分からないところを書いてもらったり、メモを見せてもらったり、まめにお願いをしています。笑顔でお願いすること、お礼を必ず伝えることを心がけてます。
  • 上司がバリアフリーに比較的理解のある方で、進行しながら、スクリーンに映し出されているパソコンに、議題を入力してくれたり、該当資料を表示してくれます。ただ、そのかわりというか、理解につながりやすい環境を提供してもらっているかわり、私も周りに負けることなく積極的に発言することを求められていて、どんなことでもすぐに自分の意見を言えるようにと、ちょっとスパルタ的な指導されているので、どちらにしても努力が必要であると感じています。
○自分のこと、聞こえ方についてどのように説明しているか?どうやって周囲に理解してもらったか?
  • 自分と同じ部門に配属された同期と交流しながら手話を教え、同期も手話を覚えてくれた。そのやりとりをみていた先輩方からも、筆談、大きな口話、パソコンを使った発表など、自然に色々な気遣いをいただくようになった。そういう意味では、わかりやすいアピールにもなる手話、そんな手話を使ってくれた同期にもすごく感謝している。
  • 今まで毎年色々な伝え方や言葉で試してきた。どのくらい聞こえないかということと、お願いしたいコミュニケーション方法などを紙に書いて、顔合わせのときに同僚全員に配る方法が一番よかったように思う。
  • 声だけで話しかけられて、わからない、聞き取れない時は「声は聞こえるんですけど、何を言っているかの内容まではわからないんです。」などといって、補聴器をしていてもすべてを聞き取れるわけではないことをアピールしている。分からなかった時はすぐに言うようにしている。そして、繰り返して言ってもらったり、紙に書いてもらったりすることもある。これは、相手の言っていることを知りたい、という気持ちを持っていることも伝えられるし、いい方法だと感じている。自分のことを分かってもらうために、何回も説明したり、業務上で自分ができることは率先してするようにしている。
  • 自分の場合は、声を出せる。補聴器をつけていると、普通に聞こえていると思われてしまう。聴覚障害は、目に見えにくいから相手がなかなか気づけないのでそこが大変。分かってもらうのにめっちゃ時間はかかる(笑)上司に、耳についての勉強会をしてもいいかどうかお願いをした。

ひとつのテーマであっても講師それぞれの仕事や対処の仕方はさまざまであり、非常に盛りあがり、今回設定した7分という時間では短かかった。グループそれぞれに、手話や筆談、身振り等で熱心にコミュニケーションする姿が印象的であった。講師の方それぞれの工夫、職場でのエピソードを具体的に聞くことができる貴重な時間になった。

まとめ

本企画の中で質問してみたところ、「自分の聞こえ方について初対面の人にきちんと説明できる」と答えた受講生は、全体の3分の1であった。また、受講生全員が「大学には障害学生支援室など障害学生を支援する部署がある」と答えた。これは、そもそも今回の研修会参加者がPEPNet-Japanの連携大学を中心に呼びかけていることも関係していると考えられるが、聴覚障害学生が卒業後に就職した先には、「支援室」のようなところがある状況は考えにくい。講師とのクロストークでは、「職場ではどんな情報保障がありますか?」という質問も多くみられたが、社会に出てからは、必ずしも大学時代にあったような手話通訳、パソコンノートテイク、ノートテイクといった「情報保障」があるとは限らない。このことが、聴覚障害学生にとっては大学卒業後に自分が働いているイメージを描きにくくさせているのかもしれない。

参加者の様子

仕事をする上でサポートが得られるかどうかは重要だが、働く上ではどういった人間関係を作るか、ということも大切な要素である。「情報保障がある=人間関係を作ることができる」わけではない。3名の講師の方の職種はさまざまであるが、それぞれのやり方で職場での人間関係を作りながら働いている点で共通していると感じた。聴覚障害学生には講師の方の工夫に学び、また今後もさまざまなひとの話を積極的に聞きながら、大学時代を通して自分なりの人間関係の作り方をぜひ身につけていってほしい。

また、本企画で事前課題を設定したが、これは研修会全体を通して、受講生の文脈に合う内容構成を考えるのに非常に役に立った。また、当日、初対面でクロストークをしていただいた講師にも事前課題を通して受講生について知って頂くこともできた。今後、本研修のプログラムの一部のみを実施する場合でも、本企画の事前課題は有効に活用できると考えられる。

学生のアンケートからは、「社会人の障害者から職場での困難やコミュニケーション方法について学ぶことができ、これからの勉強になりました。」「職場に対するイメージがおぼろげながらつかめた。職場でもはやりコミュニケーションの壁にぶつかることは確実で、時には割り切ることも肝心だと教わった。」また、スケジュール、テーマ設定に関して「時間が短すぎた。もっと講師の方と話をしたかった」「もっと生々しい失敗談などを聞きたかった」「研修会初日ではなく、他のプログラムの後に設定されていたらよかったと思う」などの声もあった。

→ 研修の例/教えて!先輩「ロールモデルに学ぶ-1」(事前課題)へ

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