30歳の自分は?「キャリアデザインワーク」 実践例

2011年にPEPNet-Japanが実施した「聴覚障害学生のエンパワメントモデル研修会」の実践報告を元に作成しています。参考事例としてご覧ください。

本企画では、10名ずつ2グループにわかれて、それぞれのグループでファシリテーターの進行およびブラザー・シスター役のアシスタントのサポートのもと、キャリアデザインを描くグループワークを実施した。ワークでは、受講生自らが約10年後の自分の姿「30歳のわたし(ビジョン)」を設定し、そのために今後取り組むべき課題を整理し、最後のまとめとして発表する場を設けた。ビジョン設定の段階から考え込み、自分に必要なことは何か模索する様子が見られたが、ワークや発表を通して、今後の自分のキャリアデザインについて一考する良い機会となったという声が多く聞かれた。

役割

人数背景
ファシリテーター2名聴覚障害当事者。1名は大学教員であり、日頃から聴覚障害学生を指導している。もう1名は企業での就労経験を有する。2名とも事前にコーチングの手法の指導を受けている。
アシスタント3名聴覚障害当事者。各グループのブラザー・シスターとして、聴覚障害学生を見守ってきた。

キャリアデザイングループワーク

2グループにわかれて、ファシリテーターの進行のもと、以下の手順でワークを行った。ワークシート作成作業において、必要に応じてブラザー・シスター役のアシスタントが適切な助言を行った。

①ビジョン(大目標)「30歳のわたし」の設定

「30歳になったとき、どんな自分になっていたいか」

  • 学生にとっては「○年後」よりも具体的に「○才」としたほうがイメージしやすいので、上記のように設定。
  • ビジョンは、「キャリア」に的を絞って設定。

ビジョンを設定すること自体が困難であるので、発問や例示を多く出して学生が様々なイメージを持てるよう支援した。例えば、「30歳になったらマイホームを持てているかな」「あなたは建築士の資格を取れていたとしても、会社から独立して自分の事務所を持つにはまだ早いと思うよ」「教員として保護者からの注文や意見にうまく対応できているといいね」「結婚している、子どもも3人いる、それは早い!」「今の30歳の先輩はどんな感じだろうか」などである。そうすると、学生は自分が取得を目指している資格があること、あこがれている先輩がいること、小さい頃からの夢を持っていることなどを思い出して、30歳になったときの自分の具体的なイメージを描くことができた。なかなか決まらない学生に対しては、「今日は練習と思って、仮に書いてみよう」と促す必要があった。

ファシリテーターの助言を受ける学生

②「ビジョンに向けてのゴール」「ろう・難聴であるゆえに必要なゴール」「ゴールにむけたアクション」「今日から実行できるアクション」の記入

各々が設定したビジョンを実現するためにはどのような必要な知識やリソースが必要になるかを考え、それらを得る手段を30歳までの10年以内で実現可能と思われるゴール(具体的な目標)の形で具体化し、最後に一つひとつのゴールを達成するために必要なアクション(行動)を整理する作業を、ワークシートを使って行った。この作業を支援するために、ファシリテーター及びアシスタントが発問の方法で受講生の支援に入った。

  • 参考に提示した項目リスト(指導教材に掲載)は、3日間の研修プログムの内容から、研修テーマ毎に受講生にとって必要な知識やスキル・リソースの例やキーワードを抽出し列記したものである。
  • 特筆すべきことは、一般的に学生・社会人として必要とされるスキルやリソースを記入する欄に加えて、聴覚障害ゆえに(聴覚障害者である自分に)必要な知識・経験・スキル・資格や人脈等のリソースを記入する欄も設けた。そうしたことで、今回の聴覚障害学生エンパワメント研修会に参加した意義を再確認できる機会になったと思われた。

ある学生は「30歳のわたし」として、特別支援学校で聴覚障害を持つ当事者として児童・生徒のロールモデルになるというビジョンを設定した。ファシリテーターが「あなたはろう者や難聴者のことをどこまで知っているつもりかな?」「聴覚障害を持つ児童や生徒の前で、他の耳の聞こえる先生とどんな方法で話していると思う?」などと発問したところ、本研修で自分に不足していると感じた「問題解決能力」と「状況判断力」を一般的なスキルとしてあげた。ここで、ファシリテーターによる「その二つができている学生がいたとしたら、その学生に比べて自分は何パーセントぐらいかな?」「具体的にどんなところが不足していると感じるだろうか?」「耳が聞こえないことで特に練習する必要があるかな?」というような発問で、学生はろう・難聴であるゆえに必要なゴールとして、耳が聞こえないからこそ耳の聞こえる人の立場になって考えて行動する力の習得と明確化した。続いて、必要なアクションの一つとして「職場の人と聴覚障害に関して問題共有する」ことをあげ、さらに今日から実行できるアクションとして「耳の聞こえるクラスメートに支援で困っていること、思っていることを一つでも聞いてみる」と記入した。これは本研修で学んだ知識や得た経験が凝縮された好例である。程度の差はあるが、全員がビジョン、ゴール、アクションと順番に分析することで、現在の到達点としての自分の「できることとできないこと」を把握し、大学における情報保障や、就職レディネス開発の面で、今後の目標や課題を整理することに成功していた。

③発表&フィードバック

最後に、ビジョンの設定や自己分析ワークを通して描いた自分のキャリアデザインや課題を発表するセッションを設けた。自分の強みを他人にアウトプットし、また、他者からの質問や情報・意見を受けることで、「自分だけでなく他の人の将来の見通しを知る事は自分の将来を考える上で視野を広げる助けになった。」「改めて人生設計をする中で見つめ直せる貴重な時間となった。」「自分自身の今後やるべきこと、段取りがうっすらと見えてきた。この企画だけで、この研修会に参加した価値があった。」といった声が聞かれ、よりいっそう自己理解を深めていく機会となった受講生が多かった。

シートに書き込む学生

また、学生の発表を見てよかったと思うところを述べてさらに良くするための意見をコメントしあうことで、全体的に盛り上がり学生それぞれがいい気分で発表を終えられたのも特筆すべきことである。例えば、「今日から実行できるアクションの決意が見事です。地元のろう学校に行くんだったら、○○先生をよく知っているからfacebookで連絡を取るといいですよ。」と言うような感じであった。

まとめ

本企画では、キャリア形成の一環として、キャリア形成を考えるための講演会、キャリアデザインと自己分析ワークを実施した。

講演会では、社会人聴覚障害者をゲストに迎えて、聴覚障害者の職場定着度に関する調査でわかったことのお話や、聴覚障害を持つ学生として学生の間にやっておいたほうが良いことのお話などを、社会人経験者の立場から語っていただいたことで、受講生は就労後のイメージをより掴むことができたようであった。

ワークでは、「自分はどんな仕事に就きたいか?」「自分は将来どんな夢があるのか?」といった自分を見つめる作業を通して自己理解を深め、発表でアウトプットし他者と意見交換することで、より自分の課題を整理する機会となったという声が多く聞かれた。

本格的な就活対策の前の段階という位置づけで実施した企画であったが、普段、一般の学生と学ぶ機会が多く、ともすれば同障の立場の学生たちと一堂に会してキャリアについて考えたり、ディスカッションしたりする機会の少ない聴覚障害学生にとっては貴重な場となり、ビジョン形成の第一歩を踏み出す機会となったと思われる。今回のビジョン達成シートは、まずは一般的なコーチングの手法を学ぶため、学習コーチアカデミーの佐々木宏氏からコーチングの手法についてレクチャーを受け、これをもとにろう・難聴者向けシートとしてアレンジした。ビジョン達成シートが一般的なゴール(目標)の中に「ろう・難聴であるゆえに必要なゴール」の欄を設けているのも、一般として必要なものと、聴覚に障害があるからこそ必要なものを分けて考えるきっかけを提供する仕掛けとして機能していた。

一般学生にとっても就職活動や卒業後の就労環境が厳しい昨今、聴覚に障害を持つというハンディを抱える聴覚障害学生がキャリア形成に取り組むためのカリキュラムないしプログラムを準備し、早い段階から聴覚障害学生のキャリア意識・職業観を育成していくことが求められる。

発表の様子

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