聞こえに関する困りごとを、整理して周りの人に伝えられている学生さんは少ないと思います。
特に、高校までの学びでは困ることはなかったけれど、大学の授業形態では聞き取りが難しい時もある、でも多くの場面では特に困っていない…という場合、学生さんに寄り添いながら「どんな時に困るのか」「何に困っているのか」を引き出していく関わり方も必要になってきます。
ここでは、志磨村さんと学生さんとの対話を元に、困りごとを引き出していく際のポイントを見ていきたいと思います。

学生/感音難聴なので、音を大きくしても言葉や意味のある単語として聞き取れません。これまでずっと聞こえる人たちの世界で過ごしてきたため、難聴の人と話すのは今日が初めてです。

志磨村/私も高校を卒業するまで聴覚障害のある人に会ったことがなかったので、同じ立場の人に出会えた喜びはとてもよくわかります。以前の私は、自分の聞こえに無頓着でした。「感音難聴」という言葉だけは知っていましたが、どのように聞こえるのかを客観的に捉えて伝えるのは難しかったのです。
今、あなたが感音難聴の聞こえの特徴を端的に説明できるのは素晴らしいなと思います。

ポイント解説
軽度・中等度難聴をはじめとした聞こえを活用する学生の場合、地域の小中学校に通っていて聞こえに関する専門的な指導を受けることなく過ごしてきていることが多いです。同じように聞こえにくさで困っている人や、自分のことを分かってくれる人、難聴当事者に会ったことがなく、困っていることを「自分だけの問題」だと捉えてしまうこともあります。そのため、「他の人に自分が困っていることを相談してみる」「どんな対処をしているのか話を聞く」という経験を持たないまま大学に入学してきます。
少し時間はかかるかもしれませんが、周りの人にどのように伝えると分かってもらえるのかを試行錯誤する経験を、支援担当教職員の方と一緒に重ねていただきたいですね。そうした経験の積み重ねが、社会に出た後にも必ず役に立ちます。

学生/自分の聞こえ方は、低い声があまり聞き取れません。

志磨村/低い声や低音が聞こえにくいとのことですね。聴力検査をした時のオージオグラムは、そうした聞こえ方がわかるのでとても重要な情報ですが、オージオグラムの見方を知っている人は少ないです。私も以前は、聴力検査のあとになんとなく「聴力が下がった」とか、「ここは少し良かったね」などとフィードバックされるだけで終わっていました。私の場合 4,000~8,000Hz の聴力が70dBくらいあるので、それが子音の聞き取りに役立っています。もしも、この帯域が90dBだと、もう少し音声の聞き取りは大変だろうなと思います。
「なんとなく低い声のほうがわかりにくい」という感覚的な自覚もとても大事です。聴力が同じ場合でも、「男性の声が聞こえにくい」「甲高い声は苦手」など、聞きやすさや好みは人それぞれです。「自分にとっての聞きやすさ」を整理しておくと、今後周りの人に聞こえについて説明する時にとても役立つと思います。

ポイント解説
オージオグラムは聴力検査の結果をグラフ化したもので、横軸が周波数(Hz)、縦軸が聴力レベル(dB)を示します。例えば、低い周波数で聴力が低いことや、高い周波数になるほど聴力が低いことなどを把握する手がかりとなります。

学生/男性の低い声より女性の高い声のほうが聞きやすいです。でも、高音の聴力が良いという訳ではなくて、音がハッキリしている方が聞こえやすいかなと感じています。静かな環境で1対1、あるいは4人までの少人数なら補聴器での聞き取りで問題なく会話ができますが、それ以上の人数ではロジャーを使わないと難しいと思っています。少人数で会話をする場合でも、話し方によって聞こえにくさは変わるので、どんな話し方だと聞きとりにくいのかを説明できるようにしたいと思います。

志磨村/このような説明なら、どんな声が聞こえやすいかがよく伝わると思います。話し方による聞きやすさの違いは、「聞こえ」以前の問題で、実際に話をしてみないとわからないですよね。私の場合、職場で親しくなった人には、「あの人は聞きやすい」「あの人は分かりづらい」と伝えるようにしています。
それでどんな良いことがあるかというと、先日お会いした方のスピーチが全く聞き取れなくて戸惑っていたら、すぐにスタッフが復唱して教えてくれました。「今、志磨村は聞きにくそうだ」と気づいて、フォローしてもらえるようになってきたと思います。話し方はお願いしても変えられないこともありますが、親しい人や味方を増やして、困ったときにどうフォローしてもらうかを考えることが大切です。
まずは何でもやってみましょう。やってみてしんどかったことは、職場の人にきちんとフィードバックしないと、自分がしんどいことに気付いてもらえません。特に、普段音声でコミュニケーションができていると、他の場面でも特に気遣う必要はないだろうと思われてしまいます。自分が聞きにくい時に、そのことをフィードバックできる環境があると良いですね。

ポイント解説
聞こえのことを周囲に共有することに抵抗を感じる学生は少なくありません。ですが、「共有したことで、こんな形でのサポートが得られた」という経験が得られると、抵抗感を減らしていくことができるでしょうし、伝え方の工夫も学んでいけると思います。日々の関わりの中でも、周囲の人たちが気にかけて働きかけていけると良いですね。

学生/右と左がほぼ同じくらいの聞こえで、平均で90dBです。授業やゼミではロジャーマイクを主に使っていて、ロジャーと補聴器をつないで使っています。今は音声も聞きつつ字幕を見ないとあまり理解ができないです。

志磨村/聴力は平均90dBってことだけど、小さい頃から変わっていませんか?
学生/大学生の途中から聞こえが下がり始めて、数年経って今の状態です。
志磨村/大学生活が始まってから聞こえが下がってきたんだね。大変だったね。
学生/そうですね、最初は何がなんだかわからないというか。聴力が落ちているというより、自分がボーッとしていて聞こえないのかなと思っていました。もしかしたら耳かも?と思って病院を受診して、測定したときに聴力が下がっていることに初めて気がつきました。どう対応していいかとかもわからない状態でした。
志磨村/なるほど。ガクンと聞こえなくなったというよりは、徐々に「あれ?もしかしたら聞こえにくくなっているかも?」と思って病院に行ったんですね。
そういう状況だと同じように困っている人の情報を得るのも大変だし、中途失聴だとなおさら同じような当事者の仲間を見つけにくいよね。スピーチはかなり明瞭だから、それで誤解を受けることもあるんじゃないかな。

ポイント解説
聴力低下は様々な要因で生じ、聞こえにくさに気づきにくいことが多いです。また、どのようなサポートが必要か分からず、不安を抱えて過ごすことも少なくありません。
補聴器を使用している場合でも、日常生活と授業の場面では聞こえ方が異なり、最適な情報の受け取り方を試行錯誤している状態です。
支援担当教職員の皆様には、現在の困りごとに寄り添いながら、「さまざまな支援手段」を試せる機会を提供し、将来に役立つ情報も伝えられるようなサポートをお願いできればと思います。

学生/少しずつ聞こえが落ちてきて、ようやく昨年身体障害者手帳を取得したところです。新しい補聴器を使い始めたところ、“虫の声”など今まで聞こえなかった色々な音が聞こえるようになりました。

志磨村/私も少しずつ聴力が下がっていくタイプで、最近補聴器を新しいものに変えました。以前の補聴器は、高度難聴用の補聴器だったのですが、聴力がじわじわ低下していたこともあり、いつの間にか出力が足りなくなっていたんです。
そのため、今回は重度難聴用の補聴器に変えました。
また、Bluetooth接続ができるタイプのものにしました。新しい補聴器になったらすごく良く聞こえるんです。Bluetooth接続の恩恵も多いに受けています。
特に聴力に変動がある場合には、定期的に聴力の様子も調べてもらって、今の補聴器の調整が合っているのかを気にしてもらいたいと思います。
補足:補装具費支給制度は使用期間5年を経過すると再度申請・助成が可能となります。聴力により、支給対象となる基準額(補聴器の購入等に要する費用の額の上限)が決まっています。

ポイント解説
軽度・中等度難聴の場合には、補聴器の給付対象(身体障害者手帳の対象)とならないことが多いですが、それでも聞こえにくさがないわけではありません。福祉制度を利用せずに、全額自己負担で高額な補聴器を購入している例も見られます。定期的に聴力検査を受けて、聴力の変化や補聴器が自分の聴力の特徴に合っているのかを確認していくことが大切です。
また、補聴器を変えると聞こえ方も変わるため、それに応じて必要な支援内容も変わることがあります。支援担当教職員の皆様からも定期的に話を聞き、現在の困りごとがないか確認をしていただくことが重要です。

学生/右耳が中等度、左耳が軽度の難聴で、聴力は45dBくらいです。
困っていることは、大教室の授業でマイクの音が反響してしまって、一番前に座っても聞き取れないことですね。
20~30人規模の授業では、一番前に座ればなんとかなっています。
接客業のアルバイトをしていた時は、感染症対策でテーブルやレジにアクリル板があって、聞きにくくて大変でした。今は電話を使うバイトをしているのですが、会話内容の盗聴防止のために雑音を流しながら電話を受けなければならないことがあるので、その時には会話の聞き取りがきついです。

志磨村/雑音の中での電話は私たちにはとても厳しいですね。聴力は、左の方が軽いのですね。
学生/でも実際は左右差を感じていません。音としては聞こえても、”ことば”として聞こえていないことが多いです。
志磨村/補聴器は使っていますか?
学生/補聴器は両耳使っています。地域の学校に通っていて口話ばかりだったので、補聴器を使わないとどうにもなりませんでした。大学に来て初めて、自分以外にも同じような聞こえの人がいるんだ、と知りました。
志磨村/その聴力で補聴器を使っているのはすごいですね。今は軽度・中等度難聴でも補聴器を使いましょうという流れがありますが、あなたの聴力なら「まぁ大丈夫でしょう」と見過ごされることもありえます。
私自身、補聴器を使い始めたのは聴力が75dBまで落ちてからでした。「補聴器がなくても大丈夫」と思われたら、適切な補聴支援がされないままになってしまうので、補聴器をうまく使って生活できているのは、とてもいいことだと思います。
学生/でも実は、補聴器は小学生の頃からずっと壊れたままで、高校ではほぼ使っていませんでした。もし補聴器を使い続けていたら、逆に疲れてしまって大変だったかもしれません。大学で授業を受けて初めて、「もう聞こえない、無理だ」と思いました。
志磨村/補聴器はあったけれどあまり使っていなかった…。そういう時もありますよね。
聴力が軽いと補聴器を通してきく音がうるさかったり、慣れないから使ったり外したりを繰り返すことが多いのかなと思います。「もう少し早くから付けていたらもっといろんな情報が入っていたのかも」と大学生になって思うこともあります。
けれど、自分にとって補聴器が必要だ、聞きたいな、という気持ちがないと、なかなか「いつも補聴器を使おう」とはなりませんね。それもよくわかります。
それに私も、高校卒業まで他の難聴者に出会ったことがありませんでした。大学で東京に来て初めて「他にも難聴の人って本当にいるんだな」と思ったので、それは全く同じ感覚です。音声なしで手話だけで話す人ともたくさん出会えて嬉しかったのですが、自分のようにコミュニケーションのメインは音声だという人に出会えたのは大学3年生の時でした。

ポイント解説
志磨村さんからのコメントにもあるように、補聴器を通して聞こえる音が、逆にうるさく感じることがあります。補聴器は聞きたい音だけを拾うわけではないため、周囲の雑音や他のグループの声が大きく聞こえてたり、声の小さい学生の発言が聞こえなかったり、教室内の拡声音声が反響して聞き取りにくい場面も出てきます。補聴器だけでは対応が難しい場合もあります。
おおむね問題がないときには「困っていない」と言ってしまうことが多いので、「広い教室での聞こえはどうですか?」「ディスカッションでは意見を聞いたり、自分の意見を出せていますか?」など、具体的な場面を示しながら確認すると良いでしょう。

学生/病院の先生に勧められて、ロジャーのタッチスクリーンマイクを購入して使っています。グループディスカッションのときはグループの真ん中において使っていて、まあまあ聞き取りやすいと感じています。ですが、実験のときには他のグループの話し声や機器の音などいろいろな音が入ってしまって、あまり先生の声が聞き取れません。

志磨村/授業の時に先生には首からマイクをさげてもらっていても、周りがとてもうるさい場所では話をする人の口の前で持ってもらわないと、いろいろな音が入ってしまうんですよね。うまく使おうと思っても周りの人の協力が得られないとなかなか難しいですよね。

ポイント解説
マイクを使う側での工夫・配慮も欠かせません。マイクを持ってもらうのは時間がかかるし…と思われるかもしれませんが、マイクがあることを意識して頂けるだけで、届けられる情報は格段に増やすことができます。
授業をする先生方には、実験など作業が伴う場合では「説明・指示の時間と作業の時間を分ける」「途中で注意を向けて欲しい場合の合図を決める・指示を文字で伝える」などの工夫をしていただけると良いですね。

学生/聞きやすい補聴援助の機器が見つかってはいないので何も使っていないです。何もつけていないほうが自然な音が聞こえて、周りの人に自然と混ざっていられる感じもあります。

志磨村/時と場合によって使い分けがあるものの、聞きたい気持ちがあることがよくわかります。その中に、嫌々かもしれないがロジャーという選択肢も含まれるといいのかなと思いますが、ロジャーを使っても何か悶々とするのが軽度・中等度難聴の悩みかもしれませんね。
頑張れば補聴器で、あるいは補聴器なしでも聞こえる。それが“自分にとっての音”になっているという気持ちはとてもよくわかります。
私が初めて補聴器をつけたのは中学生の時でした。なかなか補聴器に慣れなくて、つけては外して、を繰り返していました。
大学に入った頃には聴力が75dB まで下がっていたので仕方なく使うようになりましたが、自分の中の「スタンダードの聞こえ」というのがすでにあるので、補聴器の音に慣れる努力をするのも大変でした。
無理に使っていても体に負担になるので、「ここだけはしっかり聞きたい」というところに絞って使う、という選択もあると思います。嫌だと思いながら使ったら、そのあとも絶対使い続けるようにはならないです。「使うと楽に聞いていられる」、「ちょっと気を抜いても聞いていられる」などとメリットを感じられるのであれば、ぜひ活用してほしいと思います。
大学生の間にロジャーや補聴器を試験的に使ってみて、自分の中で「聞きやすくするため」の引き出し・選択肢を増やしておけるといいですね。

ポイント解説
大学の支援室に補聴援助システムがある場合など、聴覚活用の支援方法としてぜひ提示していただきたいと思います。ただ、そうした機器を活用するかどうかは、学生自身が決めていくことですので、無理強いすることは避けていただきたいですね。
聞き取りにくさを代替できる手段を一緒に考えながら、授業参加の負担を減らせる方向を探っていただけたらと思います。
【複数人での会話に参加する難しさ】

学生A/何度説明しても、補聴器をつければ全て聞き取れると思われてしまっています。ディスカッションに問題なく参加できる、電話ができる、という誤解が消えないので苦しいです。

学生B/ロジャーマイクを使うときには、「補聴器に直接音が転送されるマイクなので、お願いします」と伝えているだけで、それ以上の詳しい説明はしていません。

学生C/ロジャーの使い方について 1 枚にまとめた資料を作り、「こういうのを利用しているので使ってください」と先生に渡していました。オンライン授業の時には、Zoomに文字情報を載せて参加しているみんなにも見てもらうようにして、問題意識を共有するようにしていました。

志磨村/学生それぞれの性格もありますので、全員に「頑張って、周りを巻き込んで」と言うのは難しいです。ただ、今は支援室から各教員に配慮依頼の文書が配布される流れが一般的なため、学生が自分の言葉で自分のことを周りに説明する機会がなくなっています。ですので、「これを読んでください」と伝えるだけで終わってしまうこともあると思います。まず自分の聞こえをよく把握して、「私はこのような聞こえです。こういう時にはロジャーを使うと効果があります。」という説明につなげていって欲しいなと思っています。
そうした経験は大学の中だけでなく、社会に出てからも役に立ちます。
私の場合には、就職してから三つ折りタイプの「きこえの説明書」を作成して周りの人に渡しています。職場では口頭での説明に時間を割くことができないので、時間のある時に読んでもらえるようにと作っています。今も内容を書き加えたりしながら作成しています。
「聞こえの説明書」に載せている内容は、
・聴力は数字だけでなく、「このくらいの音が聞こえない」と具体的な例も書く
・基本的なコミュニケーション手段
・特に聞こえにくいシチュエーションと対処方法
例:マスクをしているとわかりづらいので、話す時はできれば外してほしい。後ろから呼びかけても聞こえないので肩をたたいてほしい。責任を伴う場面では電話はできないが、その代わりメールで連絡ができる。
働いている時にも、「こういう場面ではどうしたらいいか」を常に考えていて、必要な配慮内容の記載は随時更新するようにしています。あくまで1例で、伝えるために説明する手段は他にもたくさんありますが、まず大事なことは「他の人に説明ができるほど自分のことをわかる」ということ。とはいえ、自分だけで自分自身の聞こえを知るのはとても難しいです。そこは支援室の人やPEPNet-Japanのスタッフの力も借りたり、私も協力ができるので、とにかく自分の聞こえを整理することから始めてみてほしいと思います。
その上で、どうしても理解してくれない人も出てくるかもしれません。残念ながら一定数そういう人はいると思っていたほうがいいです。私は最近やっと、「社会では往々にしてあること」と考え、諦めがつくようになってきました。
ネガティブな諦めはなるべく減らしたいですが、ポジティブな諦めは生きていく上で大事だと思っています。できることを全部やって、いくら交渉しても理解されない場合もありますし、自分が100%情報を取れない環境はこれからもたくさんあります。
ですので、自分の中で優先順位をつけていくことも必要です。
まず大事なのは授業に関すること、次は友人関係や家族に関すること、などと整理をしてみてください。優先順位は人それぞれだと思いますが、中には「ここは聞こえなくてもいいや、もう疲れた!」と、話半分で聞く瞬間も出てくるかもしれませんね。
ただ、私は全く聞こえていないところで何か決まっていたことが後から分かった時は、「たぶん私は聞こえていなかったです」とフィードバックするようにしています。そうやって、聞き取りにくい場面を周りの人と一緒に1つずつ潰していくことにも取り組んでいます。
例えば職場の中で、周りの人は「お客さんが来たら、お話をしながらコーヒーが減ってきた時には注ぐ」というプロセスをやってのけているんだと思います。でも聞こえないことに対して私がどれだけエフォートを割いているかは、職場の人たちにはわかりにくいんですよね。「話を聞きながら同時にコーヒーが減るのを気にすることは無理です!」と言いだすのは勇気がいるけれども、伝えていくことが必要なんだな、と蓄積できたことの1つになっています。

ポイント解説
参加の難しさで学生が悩んだ時には、一緒に解決方法を探っていただきたいです。その方法が学生にとってベストだと思っても、周りの人には負担が大きすぎる場合には、そうしたことも伝えていただきたいです。
そうした対話を重ねることで、学生の中に選択肢が増えて、場面に応じた活用ができるようになると思っています。
【学生の中にある葛藤と向き合う】

学生/文字通訳を使いたい場面としては、20人規模のゼミですね。毎回「マイクを使ってほしい」とお願いすることに労力を割くのなら、ノートテイクをつけるほうが楽なのかもしれないなと思います。
でも、せっかく用意されているのだからロジャーをできるだけ活用したいという気持ちもあります。

志磨村/支援手段を同時に1つしか使ってはいけない、ということは絶対ないですし、文字通訳と補聴援助を併用することでキャッチできる情報が増える可能性もありますよね。ぜひ一度文字通訳についても試してみてはどうでしょう。
特にディスカッションは、会話がテンポよく流れていく場面ですよね。一人ずつ手をあげて発言をしてくれるのならいいですが、同時に話をされてしまうと聞き取れませんし、話に追いつけないですよね。それは決して参加しやすい環境ではないはずです。
もしかしたら他にも、同時に話されると分かりにくいな、と感じているメンバーがいるかもしれません。順番に話す、名前を言ってから話す、といった交通整理をすれば、みんなにとって聞きやすい環境にできるかもしれませんよね。
そうして環境が良くなることに加えて、文字があったら自分の負担がどのくらい減るのかは、使ってみないとわからないことだと思いますよ。

ポイント解説
「これまではこの方法で対応できていたのに…」と思うこともあるかもしれません。ですが、環境・場面が違うと、支援の手段も選び直していく必要がありますし、使う環境を良くする必要があるでしょう。
学生さんも今まで通りでは対応ができないもどかしさを抱えていると思います。ぜひ一緒に考えていく時間を取っていただきたいです。

学生A/聴者にとっては、要支援者に配慮するメリットがないと、配慮してもらえないのかなと思ってしまいます。ゼミの中では、「この人の意見を聞きたい」と思ってもらえるような、良いことを言わなければ…と気負って余計にしんどくなることもあります。

学生B/他の学生たちは授業もゼミも私よりも気楽に受けているのだと思います。でも私は、毎回「聞きたい」と言わなければなりません。ロジャーを先生に渡すことで、「この1時間半頑張らなければ!」とスイッチを入れている感覚です。支援者が付いている文字通訳を使う気持ちになりにくいのもそのせいもあって、気楽に授業を受けるために情報保障を犠牲にしている気がします。

志磨村/参加せざるを得ない、という無意識のプレッシャーはとてもよく分かります。それでも、今は聞きたくないな、と判断した時には文字通訳を止めてもらってもいいわけです。支援に入ってくれる人に「しんどいんだよねー」と正直に漏らすこともあっていいんですよ。支援を自分で使う・使いこなすという方向に持っていければ、文字通訳に対する心持ちも変わるかもしれませんね。
ただ、この問題は非常に苦しいですよね、よく分かります。何が正解なのか、私もはっきりは言えないところがあります。

ポイント解説
支援者を配置することに伴うプレッシャーや負担感は、なかなか言い出せないと思います。それを受け入れることにも時間が必要だと思います。
支援を付ける/付けない、のどちらかだけでなく、「この授業はどうしたい?」「こっちはどうだろう?」と考えていく時間を重ねていただきたいと思います。

学生/生まれた時から補聴器を付けていて、左が45dB、右が60dBくらいです。
普段は口話のみで生活しています。支援に関しては、基本的にはこれといってお願いしていることはないですが、英語の授業の際にロジャーの装着をネイティブの先生につけてもらうようにお願いしました。教卓前にアクリル板があると補聴器だけでは聞こえにくくなるので、聞こえにくい授業だけ先生にロジャーを使ってもらって、他の授業は他の学生と同じように受けています。

志磨村/ロジャーを使うと聞こえは変わりますか?
学生/変わりますが、聞こえやすさよりも、耳が痛いです。
志磨村/耳が痛い??
学生/先生の声が大きいので、大きいまま耳に届いて痛くなってしまう時がありました。
志磨村/ロジャーは機種によってはボリューム調節ができることを知っていますか?
学生/めんどくさがりなので、していないです。
志磨村/(笑)。音量が大きすぎて耳が痛いなら、ボリューム調節できる場合はそれで解消しましょう。耳を大切にしましょうね。
ロジャーを使った時の聞こえやすさは、あまり感じてないのでしょうか?
たぶん今は、前の席に座っていることで先生との距離が近いので、ロジャーがなくても補聴器で聞こえる状況なのだと思います。補聴援助システムのいいところは、距離が離れていたり、騒がしい中でも、聞きたい声をキャッチできるところです。この利点を頭に入れながら、「こう使ったらもっと聞きやすくなるかな」と試してみるといいと思います。
たとえば、学年が上がるとディスカッションの授業が増えてきますが、ロジャーはそういう場面で威力を発揮すると思います。私は一番新しい機種「ロジャーオン」を自分で購入して使っていますが、テーブルに水平に置くと半径5~6mの範囲の声が拾えるので、職場のミーティングで使っています。

ポイント解説
補聴援助機器なども、使い方を詳しく把握しないまま使用している例もきっと多いと思います。「なぜ嫌だと感じるのか」にじっくり向き合って話を引き出していくと、学生の中にある思いや、使いこなせていない場面なども引き出していけると思います。

学生/聴力は右が58dB、左が105dBで、障害者手帳6級を取得しています。
子どもの頃は左耳は聞こえていましたが、中学生の時に聴力が落ちて補聴器をつけることになり、それからは左耳だけ補聴器で生活しています。高校まで一般の学校に通っていて、大学では音声認識を使用して授業を受けています。
ゼミやディスカッションになると音声認識はあまり意味がないので、がんばって聞くようにしたり、「もう一度言ってください」とお願いしたりしています。聞き取りやすい話し方の人が多く、意外と対応できています。

志磨村/ゼミのときは発言者がたくさんいますし、発言の交通整理をしないと音声認識を使うのは難しいと思います。ゼミ以外の場面では、音声認識はうまく使えていますか?修正者は入っていますか?
学生/先生が使っているマイクから音声を取れているので、そんなに苦労はしていません。修正者はいませんが、誤認識には慣れてきたので、あまり気にしていなかったです。
志磨村/自分の耳でも聞きながら、情報を重ね合わせて理解しているのでしょう。
学生/はい、妥協しながら。
志磨村/学生には「妥協するな」と言いますが、現実には妥協が必要な時もありますね。ただ、「もう少しラクに授業を受けたい」という気持ちがあるなら、支援室の人に相談しても良いと思います。今のところはどんな気持ちですか?
学生/困ったことがあれば支援担当の人が先生と交渉してくれたりするので、音声認識の文字情報には妥協しつつ、先生方が理解してくださっているのでそんなに悪くない学校生活だと思っています。
志磨村/そうなのですね。「諦め」はどうにかしてあげたいと思いますが、自分の中で色々考えての「妥協」なら、それも選択肢かもしれません。
ただ、社会に出るとその妥協が人に迷惑をかけることもあります。そのバランスは、いまだに私も難しいです。「今は気を抜いてもいいかな」とか、「ここでは情報を漏らしてはいけないから何度も確認しよう」とか、バランスを取る作業はずっとついて回ると思いますよ。

ポイント解説
本当は100%正確に、全部の情報を知りたい!と思っていても、全てうまく行くことばかりじゃないかもしれません。学生自身が「どこで妥協するか」と「必要な情報を得るためにどのように確認を重ねていくか」とのバランスを取りながら、試行錯誤を通じて経験を積んでいくことになります。
「まあ、このくらいでいいかな」と割り切ることも、経験してからでないと選択できないことです。折に触れて様子を聞いて、授業に参加できているか・理解できる情報を受け取れているかを確認していただきたいです。

学生/今話をしている中で、自分は「(情報を)落としてもいいや」と思っていた部分もあることに初めて気がつきました。実習に行ったとき、アドバイザーの方から「そんなに頑張って聞くと疲れるでしょ」と言われたんですね。たぶん、周りにとても気をつけて視線を向けている自分の様子を見てくれていたのだと思いますし、私自身も実際疲れていたと思います。

志磨村/ノートテイカーなど支援者以外でも、私以上に「私の聞こえを理解してくれる人」がいることで、どんな音が自分に届いていないかを知ることが出来るようになります。
そうした出会いのチャンスはこれから先もあると思いますが、出会うためにも、自分の聞こえを丁寧に説明できるようにしておくことが大事になってきます。

学生/会議の場では聞こえないことが多くて、特に遠い席の人の声は全然聞こえないので、ノートテイクがあったら、確かに情報保障として役に立つと思います。ただ、他の参加者からも「私もよく聞こえなかった」とか「あの人声が小さいよね」という話を聞くので、わざわざ自分のためだけにノートテイクをしてもらうという選択肢は考えたことがなかったです。

志磨村/私も学生の時は、「あの人の話し方はそもそもみんなが聞き取りにくいのか、自分だけが聞き取りにくいのか?」という判断はできませんでした。支援者が入ったことで、「支援者ですら聞きとりにくい話し方の人なんだ」ということを知ることができたんです。そういう感覚が分かるという点で、文字通訳をつけてよかったと思っています。
初めの頃は、「自分で聞けているのに・・・」と思いながらしぶしぶ文字での支援を使っていたのですが、後ろの席の学生が「来週テストらしいよ」とボソボソ話していたことを、支援者のノートテイクを通して知ることができたんです。
私たちは「小耳に挟む」ことがとても難しいですが、「耳」の役割をする支援者がいてくれることで、教室にいろんな話が溢れていると気がつくことができました。
ほかにも、「途中入室してきた学生が帽子をかぶっているので先生が怒っている」「携帯が鳴って先生の機嫌が悪くなった」など、授業とは関係ない情報を伝えてもらえることで、「今ここで授業を受けているんだ」という感覚を持つことができました。
先生の話だけなら頑張れば聞き取れるけれども、「それ以外の情報も小耳に挟みたい」「授業中の雑談までしっかり知りたい」と思うようになったことで、文字通訳を使いたいと思うようになりました。
軽度・中等度難聴は、“メインではないサブの情報”も聞こえていると思われがちですが、実は情報を落としていることも多いですよね。そのことで誤解が生じることもあります。メイン以外の情報をいかにキャッチするかによって、周りとの関わり方も変わってくるはずです。
サブ的な音情報が実はたくさんあるということに気がつくことで、音のある世界でどういうことにアンテナを張ればいいのかを考えることに役立てられます。
私の場合は聞こえる友達から、「ディズニーランドではエリアごとに音楽が違うんだよ」と教えてもらって、初めて場所ごとに音楽が流れているんだということを知りました。細かい様々な情報をどうキャッチするか、という部分に少し意識を向けて欲しいかなと思います。

ポイント解説
文字などで伝えてもらう経験をすることで、聞き漏らしている情報があることに気がつくことができます。どんな情報があるのか、それをキャッチしたいと思えるか。そこに向けて、支援担当教職員の方も一緒に関わって、向き合ってもらいたいです。