その4 大学院での情報保障

大学院でも、基本的に学部と同様の方法で支援することになります。ただし、大学院での特徴として、学部と比較して内容が専門的になること、授業を受講するだけでなく論文作成や研究上必要となる教員からの指導があること、ゼミ形式やディスカッションをする授業が多いこと、などが挙げられます。

それに伴い大学院での情報保障では、学部でのゼミ形式・グループディスカッションにおける支援に加えて、情報保障者にその分野の専門的な知識があるかどうかが情報保障の内容を左右します。

ここでは、実際の事例をいくつか掲載し、どのような工夫がなされていたかご紹介しています。

挿絵:先生

支援方法やコーディネート上の工夫

  • 文系後期課程の大学院生への情報保障
  • 工学系大学院で学ぶ大学院生への情報保障
  • Skypeを利用した情報保障

手話通訳を行うにあたって

  • 専任の手話通訳者を職員として大学で雇用
  • 地域の手話通訳者を学内で登録・派遣

支援方法やコーディネート上の工夫

内容が専門的になることで、支援の方法やコーディネートに、より気を配る必要がでてきます。ここではその工夫事例をご紹介します。


【事例】文系後期課程の大学院生への情報保障

対象学生は、大学院の文系の後期課程(博士課程)にいた学生です。
大学院生に対しては、内容が専門的になり、学部生を基本としたサポートスタッフでは十分な対応ができないこともあり、可能な範囲で支援するという段階で、補助的な立場に留まっています。また、本学の場合、「支援の範囲は正課」としているので、学期前に本人から正課=論文作成に必要な授業等について打ち合わせを行い、スタッフ派遣を決定しています。

大学院の授業とはいえ、できるだけ授業のテーマに近い学部の学生であること、パソコン通訳のスキルの高い学生(対象学生はパソコン通訳を希望していた)であることを考慮してサポートスタッフを選び、現場に派遣しました。


【事例】 工学系大学院で学ぶ大学院生への情報保障

「より多くの情報量を」というニーズに応えるべくIPtalkの連係入力によるパソコンテイクで情報保障を行っています。

コーディネートする上では、より多くの情報を呈示できるようタイピング力のあるテイカーを優先的に配置するよう心がけています。また、工学系の専門的な用語にも対応できるよう同学科の学生を配置するようにしています。

大学院ですと専門性はより高度なものになりますので、それに対応するためには事前の資料準備も大きな要素となっています。
そのため、講義担当教員への講義資料の事前提供依頼をし、単語登録などの事前準備を行っています。
講義終了後には各担当教員にログの検討依頼をお願いし、テイクの修正の有無を確認するなど、十分な情報が得られる環境作りに努めています。


【事例】 Skypeを利用した情報保障

対象学生は、1対1であれば情報保障がなくても口話での会話が可能な学生で、心理学系の研究室に所属していました。

  • 障害学生を支援するための部署がなかったこと
  • 輪読していたテキストが英語で、なおかつ内容が専門的であったこと
  • 学会発表等の状況を加味すると、外部に情報保障のための人員を頼んで調整する時間的余裕がなかったこと

などから、担当教員と他のゼミ生に協力してもらう方法を模索しました。
大学院ということもあり、もともとゼミ生が一人1台自分専用のPCを所持していたこと、担当教員が協力的だったことから、相談の結果、Skypeを利用した情報保障を行うことになりました。

イラスト:チャットの様子

【方法・ルール】

  • 教室内に、無線LANを設置する
  • 全員の顔が見えやすい座席位置になるように、その日の発表者・教員・聴覚障害学生の座席をまず決める
  • ゼミ生が各々のPCからSkypeにログインする
  • 発言・質問等は基本的にチャット機能を用い、必ず文字で提示するようにする
    ※発表者は発言内容をタイピングしながら話すには発言量が多すぎること、教員はその都度コメントをしながら進行していくことから、発表者・教員の発言については、その日に発表をしないゼミ生が担当を決めテイクすることにした。
  • ゼミで教員に指摘された内容等は聴覚障害学生だけでなく、すべての学生にとって重要なので、各々が必要だと思えばログを保存してよい
    ※学生にとって教員からの指摘は重要であることから、参加する学生全員にとってログが重要な役割を果たしていた。

当初、聴覚障害学生は同じゼミ生にテイクを頼むことに気兼ねしていましたが、周りのゼミ生が「面白いからやりたい」と言ってくれたことから、自然とこの問題は解消されました。

また、文字による議論を前提としていたので、テイク時に起こるタイムラグがなかったのはよかったです。また、発表者・教員の発言についてテイクが追いつけないときも、発表者や教員に「ちょっと待って」「もう1回」など言える雰囲気があり、発表者・教員もテイクが追いつけないときにはもう一度繰り返すなど、自然な形での授業を行うことができました。
また、Skypeを利用して授業をするようになってからは、遠隔地から研究室のOBが参加することも可能になりました。


手話通訳を行うにあたって

ゼミ形式やディスカッション形式の授業が多くなることもあり、手話通訳を利用しているケースも見られます。
同じ方法を取り入れるのは難しいかもしれませんが、手話通訳を利用するにあたって留意すべき点など、以下の事例を参考になさってください。

イラスト:手話通訳がつく授業

【事例】 専任の手話通訳者を職員として大学で雇用

手話通訳による情報保障を希望する聴覚障害学生が、大学院に入学したことをきっかけに、大学側が手話通訳者を職員として雇用しました。

手話通訳者が常駐することで、講義に限らず修士論文作成のために必要とされる教職員との相談や、就職ガイダンスなどの行事にも手話通訳をつけ参加できるような体制が確立しました。

大学院での講義における手話通訳には、専門性の高い内容に合わせる技術が求められます。そのため、授業の流れが把握できるように半期15回を同じ通訳者が担当し、講義終了後には反省会を設け、技術的な向上と聴覚障害学生との入念な打ち合わせを行いました。


【事例】 地域の手話通訳者を学内で登録・派遣

以前は、地域の派遣機関にお願いして手話通訳者を派遣してもらっていました。しかし、授業のたびに通訳者が変わり積み上げができないこと、通訳者の質が学生の求めるものに合わない等が問題になってきました。

そこで、学内で手話通訳者を登録し、利用学生の依頼にあわせて通訳者を派遣する方法に切り替えました。支援室の担当者の知り合いや、口コミで通訳者を募り、希望者には大学においでいただき、学内の支援制度の説明を行い、1 年間の期限で登録をしていただきました。

登録制にしたことで、通訳者の方々に大学側の方針に合わせて柔軟な対応をしてもらえますし、通訳後の反省会などを通してフィードバックも可能になりました。また、通訳者の技量もつかめますので、コーディネートもやりやすくなりました。

<TipSheet「手話通訳による支援」より一部抜粋>


  • 編集: PEPNet-Japanコーディネーター連携事業メンバー
    河野恵美(立命館大学障害学生支援室)
  • 協力:同志社大学障がい学生支援室、群馬大学障害学生支援室、早稲田大学障がい学生支援室
  • 掲載日:2009年11月27日

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