座談会 ノートテイクから始める開かれたキャンパスづくり

座談会 ノートテイクから始める開かれたキャンパスづくり-『大学ノートテイク支援ハンドブック』著者が支援の奥義を語る-

ノートテイカーの養成方法とは?大学に求められる総合的支援とは?コーディネーターの役割とは?
『大学ノートテイク支援ハンドブック・ノートテイカーの養成方法から制度の運営まで・』の出版を控え、本書の著者が、執筆に当たっての思いや本書の活用方法、今後の支援に期待することや読者へのメッセージを語り合いました。
書籍と併せてご覧いただきたい内容が盛りだくさんの座談会の様子を、ホームページ限定にて公開いたします。

写真:座談会の様子

【座談会出席者】

  • 司会:太田晴康氏(静岡福祉大学)
  • 吉川あゆみ氏 (関東聴覚障害学生サポートセンター)
  • 田中啓行氏 (早稲田大学障がい学生支援室)
  • 岡田孝和氏(元早稲田大学障がい学生支援室)
  • 瀬戸今日子氏(中部学院大学)
  • 白澤麻弓氏 (筑波技術大学)
  • 中島亜紀子氏 (筑波技術大学)

*岡田孝和氏(元早稲田大学障がい学生支援室)は、米国留学中のため座談会は欠席でした。発言は、あらかじめご用意いただいたコメントを代読する形で行われました。

全国に広がるノートテイク支援

―なぜ「ノートテイク」支援なのか?

太田 お忙しいところ、お集まりいただき、ありがとうございます。皆さん、情報保障の第一線で活躍してきただけに、それぞれ情熱をこめて執筆されたのではないかと推察します。そこで、今日は著者座談会という形でさまざまな思いを語っていただきましょう。
ハンドブックの目次に沿って、うかがいいますが、まず、巻頭インタビュー から始まりますね。その意図、さらに第1章で読者に一番伝えたかった内容について、吉川さん、いかがですか。

吉川 『大学ノートテイク入門』を出版した5・6年前と比べると、サポートに携わる方々が驚くほど増えました。大学の関心も高まり、本当にありがたいなと感じています。
そして、一番嬉しいのは、「この分野で生きていこう」という当事者が生まれてきたことです。岡田さんもその一人でいらっしゃるわけで、そうした動きを紹介することが、この本の巻頭にふさわしいだろうと思いました。

写真:吉川あゆみ氏
画像:巻頭ページ「共に学ぶキャンパスづくり」

白澤 ほんとうにそうですね。私が執筆した第1章第1節では、聴覚障害学生支援の現状をまとめました。PEPNet-Japanの調査では、聞えない学生を受け入れている大学の約半数で、ノートテイクによる支援を行っていることが明らかになっています。ここから、残りの40・50%の大学にいて、何の支えもなくやっている学生に、ノートテイクによる支援が珍しいことではなくなっていること、こんなにたくさん取り組みがなされていることをぜひ知ってほしいなと思っています。
同様に、高等教育機関の方にも、聞こえない学生への支援が当たり前になってきていること、また、ノートテイクだけでなくいろんな支援の方法があるということを知ってほしいと思ってこの内容を掲載しています。

田中 第1章第2節では、支援の年間計画についてまとめましたが、この本を全部読んでいただければ、ノートテイクというのが、養成だけでなく派遣まで考えて計画的にやる必要があることがわかると思います。現在の所、養成講座さえ開けば解決されると思っている大学がまだ多いのではないかと思いますので、本の最初で支援の全体像を示すことが効果的だろうと思いました。
逆に私自身も他大学からの依頼を受けて講座の講師を担当させていただくことがあるのですが、そのときには、後に続く派遣のところまで考慮に入れて講座を進めるようにしています。具体的には、職員にも講座の内容をすべて見てもらうとか、聴覚障害学生と職員の間のコミュニケーションをうながすとかで、これによって講座をきっかけに大学全体がうまくつながりを形成できるように考えています。

画像:第1章第2節「養成講座の開講と年間計画より」

中島 私は第1章第3節で、講座を開く準備について一連の流れを述べました。田中さんの話の中でも触れられていましたが、講座の準備を始める段階から聴覚障害学生への支援が始まっている、と言えますので、やるべきことが見える形できちんと確認ができるようにと考え、講座準備のチェックリストを掲載しています。

瀬戸 そうですね。大学では、どうしても養成講座というものを事務的に処理する感覚がありますが、その前後にいろいろな準備があることを、職員の方に認識してもらうのが重要だと思います。計画的な準備の必要性があることを説明するためにも、この本が役立つのではないかと思います。

充実した支援につながるノートテイカー養成とは

-参加型、体験型で学ぶ意義は?

太田 第2章は養成カリキュラムについてです。最初に聴覚障害学生への理解と情報保障について取り上げられていますが、なぜ、この点を強調されたのでしょうか?

吉川 聞こえない学生にとって、学生時代に情報保障を受けることは、大きな意味を持っていると思います。情報保障を受けるのは楽しいことばかりではありません。「聞えない」という自分の障害と向きあわなければならないわけですから、ある意味では苦しい作業もともないます。それでも、その中で「まわりとつながる喜び」を見出せたということが、卒業後の長い人生の支えとなっていくのではないかと思います。ですから、そこに関わっている情報保障者には、ぜひとも聴覚障害学生の日常や心理状態について知ってほしいと思ってこうした内容を入れています。

画像:第2章第1節「聴覚障害学生への理解と情報保障について」より

太田 この本での聴覚障害理解は体験型、参加型で学ぶのが特徴ですね。

中島 そうです。ノートテイクの利用体験は、聞えない状態を体験するのが目的ではありませんが、情報保障を受ける立場を垣間見る体験になると思っています。受講生は、体験を通して、「文字で伝えるにはどうしたらいいのか?」という切実な気持ちをもつようになります。その気持ちが、支援現場で生きてくると思います。

白澤 そうそう。この利用体験は、支援学生だけではなく、職員や教員の方にも是非実施していただきたい内容です。これを体験することで、ノートテイクや支援の重要性が実感されると思います。
また、添付のdvdでは、聞こえない学生の視線で、いろいろな支援の方法がシミュレーションできるようになっていますので、ぜひ支援手段ごとの違いを比較しながら見ていただきたいですね。

写真:白澤麻弓氏

田中 私も最初に利用経験をするのは、非常に効果的だと思っています。講座の中では、自分が練習したノートを見つめなおす機会を設けるのですが、このとき事前に利用体験をしておくと、自分のノートテイクの良し悪しを判断する基準ができてきます。
ノートテイク以外の支援手段を考えるときにも、利用者の視点での判断につながると思います。

-ノートテイクは誰にでもできるのか?

太田 第2講から第4講では、ノートテイクの書き方が取り上げられています。ここは「ノートテイクは誰にでもできるのか」という質問への答えになるのではないかと思いますが、いかがですか。

中島 そうですね。目の前に支援を必要としている人がいて、実際にノートテイク支援をしたいと思っている人たちがいるのなら、誰であってもそれを実現できるように、というのが、この本を作った理由です。
これまでは、大学に合わせてそのつど講座カリキュラムを構成してきました。けれども、大学ノートテイクの指導方法を扱った、誰もが活用できる資料は、今のところ他にありません。この本がきっかけとなって、ノートテイクの技術や養成についての議論が活発になり、利用する人の選択肢が増えることにつながればと思います。

田中 ただ、ノートテイク技術を一般化する部分と個別の例を出す部分のバランスは難しかったですね。執筆の際はそのあたりに苦慮しました。この本には、具体的な例や写真がたくさん載っていますが、それをみれば少しは場合によっての対応というのがわかっていただけるかと思います。私は第5講の「ルールとマナー」を担当しましたが、書かれていることを「決まったルール」とするのではなく、この根底にある考え方を受け取ってほしいと思っています。

写真:田中啓行氏

―さまざまなタイプのノートテイカーへの対応は?

太田 なるほど。指導する中では、少しコツを伝えれば伸びる人もいるでしょうし、今は無理だけれどこのあたりを鍛えれば一年後にはできるだろうという人など、いろいろなタイプがあると思いますが。

吉川 それについては、第3章がキーになってくると思います。養成だけでなく幅広く「コーディネート」していくという見方がないと、「養成講座は開講したが数人しか育たなかった」という結果になってしまうのですね。

白澤 そうですね。さきほど「ノートテイクは誰にでもできるのか?」という問いがありましたが、私個人としては「通訳」には向き不向きはあると考えています。相手の話を聞きながら、的確に意図を捉えて伝えるということは、誰にでもできることではありません。しかし、「聴覚障害学生への支援」なら、誰にでもできると思うのです。先生への働きかけや支援者の確保など、実際に聴覚障害学生支援を進める上ではいろいろな役割が必要で、ノートテイカー以外の人の存在も重要です。自分の持っている良さをいかし、人と人のつながりをいかして、支援の輪を広がればと思います。

田中 そのような人材活用の一方法として、早稲田大学では、パソコンノートテイクを指導したが技術的にはもうちょっと、という人には文字起こしをお願いしています。それぞれの人の、「支援にかかわりたい」という気持ちを大事にすることが重要ですよね。

瀬戸 その通りだと思います。そしてそのためにも、養成講座でノートテイカーの技量をしっかり把握し、授業の内容、通訳の難易度にあわせた派遣にいかしていくことが大事です。新人にはゆっくり話す先生の授業に派遣したり、上手な先輩と組むことで、自信をつけさせるような配慮が不可欠ですから。

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