充実した教育保障の実現を目指して

―理想の支援とは?

太田 第3章は養成後の対応についてですね。養成だけで終わりにするのではなく、今流にいうと「持続可能なノートテイクシステム」を作り上げるということでしょうか。

岡田 そうです。ここで一番伝えたかったのは、「教育保障」という見方です。学生は大学で様々な経験を積んで社会で活躍していきますが、専門職の場合は特に、大学での教育成果がその後の職業や生活に直結します。

ですから、聴覚障害学生支援は一般的にいう「情報保障」より、もっと広く重要な意味を持つ「教育保障」と考えるべきだと思います。そのためには、やはり制度はシステムとして維持していかなければなりませんし、学生の成長にも対応できなければなりません。その一つの方法として第3章を書かせていただきました。
本書では事務職員を支援担当者として想定しましたが、実は葛藤もかなりありました。本来はもっと教員サイドで、すべての学生をどう教育するか、そしてどう評価していくか、そのために通訳をどのように活用していくのかを高めあってほしいからです。教育保障という立場に立てば、通訳は決して聞こえない学生のためだけではありません。すでに大学院ではfdの実施が義務化され、学部でも2008年度から始まります。こうした社会の動きとも協調しながら支援体制を築いていってほしいと願っています。

写真:太田晴康氏
画像:第3章第1節「支援制度の運営」より

瀬戸 教員からはノートテイクがつけばもう大丈夫と思われがちですが、教員側にも工夫があればノートテイクもしやすくなり、学生も学びやすくなると思います。 例えば、先生に「ゆっくり話してください」とお願いしても、話し方の癖は直しにくいですね。ですから、「ゆっくり」ではなくて、「繰り返し」話してくださいとお願いした方が書きやすいですし、先生にも納得してもらいやすいです。そういう意味で大学で教える先生方に、聞こえない学生にとって受講しやすい授業の方法についてもっと伝える場を確保していかなければいけないと、と強く感じています。

太田 なるほど。では、この本全体を通して伝えたかった皆さんの「理想の支援の形」はどのようなものでしょうか?

吉川 私は学生が支援の方法を選べることだと思います。今、大学における支援は徐々に広がりつつありますが、支援はしていても、支援方法まで選べる大学が少ないように思います。他の学生と考え方が同じかどうかはわかりませんが、私自身が情報保障をつけたいと思う授業は、先生の話が早くてついていくのが大変な授業ではなく、逆に教員にも周りにも協力的な雰囲気があり、「ここで勉強したい」という気持ちになるような授業です。先生に理解されない状況なら、情報保障をつけてまで授業を受けようと思わないからです。「困難だから情報保障があれば解決する」という問題ではないと思います。

中島 吉川さんの話とも共通しますが、「先生の授業を伝えるために情報保障が要る」と考えると、どうしてもノートテイカーが大変だから協力をお願いするという流れになるかと思います。でも、聴覚障害学生への授業参加を考えるのならば、まずはじめに先生も一緒に支援について考える関係が大切であると思っています。
第4講「授業に応じた書き方の工夫」では、書き方のノウハウだけを並べるのではなく、「こんな場面ではどういう支援の選択肢があり得るか」というのを挙げました。その場で判断しながら対応することの重要さを強調したかったからです。養成講座でも、単にノートテイカーの努力に解決を求めるのではなく「こういう場合、どんな工夫ができるか教員も含めてみんなで考えよう」という進め方が必要だと思います。

写真:中島亜紀子氏
画像:第2章第4講「授業に応じた書き方の工夫」より

白澤 私は、授業場面をトータルにコーディネートすることが大切であると思います。筑波技術大学では非常勤の先生が担当する授業に手話通訳やパソコンノートテイクをつけることがありますが、それだけでは十分な保障になりません。そのため、例えばホワイトボードにパワーポイントを投影し、大事な部分には先生が赤でマーカーをしながら授業を進めるなどの工夫を加えるなど、情報保障を十分に生かせる環境を作っています。こうすることで、情報量はそんなに変わらないはずなのに、受ける側にはずっと情報がとりやすくなるのです。 ですから、資源をどういかすか。また、今ある資源をどうコーディネートすることが大切なのではないかと思います。

―ビデオを使った授業では?

太田 ビデオを利用した授業はどうでしょうか?朝のニュースを録画して使う先生もいますね。

吉川 ビデオを利用した授業は通訳泣かせですね。ビデオの音声をすべて文字化してもらったことがありますが、その都度映像と文字を対応させるのは大変ですので、完全に字幕がついていなければ難しいなと感じたことがありますね。

白澤 そうそう。ある大学では、先生が自分で文字起こしをされていて、とても大変そうでした。30分のビデオのために数時間かかるわけですから。それにすべての先生にビデオ起こしを求めることはできません。そういうときに、全学の支援システムがあれば先生も助かりますよね。聴覚障害学生支援というとどうしても聞こえない学生1人のための支援という見方がされますが、私はこういう風に先生の「伝えたい」という思いを実現するための支援システムという考えが非常に重要であると思っています。

田中 同じく、早稲田大学の障がい学生支援室でも、教員への支援という考えを重視しています。リーフレットにも「聞えない学生、支援者、教員に対する支援を行います」と書いて、教員にも「支援室に相談してみよう」と思ってもらえるような雰囲気作りをしています。それが啓発として大事なことだと思います。

―コーディネーターに求められる資質とは?

太田 そういうことを学内で実施しようとすると、資質を持ったコーディネーターをどう養成するかという問題になりますね。

吉川 そうですね。 支援の質はコーディネートの質で決まると思います。本の中で伝えたかったことの一つは、ここまで支援しなければ同じスタートラインにはならないですし、これだけの内容の仕事は片手間ではできないということです。それには、コーディネーターという支援の専門家を雇用し、かつその身分も保障する大学が増えてほしいと願います。

中島 今、コーディネーターがいて支援が充実してきている大学は、コーディネーターの方が自分以外の人を巻き込んで、支援にかかわる人を増やしている成果なのだと思います。どこの誰に何を頼んだらいいのかを判断し、チームプレイでやっていけることが必要なのではないでしょうか。

瀬戸 ノートテイクを持続可能にするためには、4年で卒業してしまう学生をうまく活動にからめ、卒業して人が変わっても大学内に何らかの積み重ねを残していくことが重要です。周囲のことを把握して、学生の成長等の見通しを持って、あたっていけば、いい支援体制が早く確立できると思います。

写真:瀬戸今日子氏

―今後の展望は・読者へのメッセージ

太田 最後に、みなさんから、一言ずつお願いします。

田中 「目の前にいる人を見ないと支援ができない」ということを感じます。コーディネートの参考として、この本を使っていただきたいですが、本だけを見るのではなく、目の前にいる相手と向き合う姿勢を大切にしていただきたいです。

中島 本文中にも書いてある「養成を軸に支援を計画する」というのが、本書全体のキーワードの一つです。養成が大事といっても、講座は支援全体の中の「点」に過ぎないわけで、継続的なコーディネートとスキルアップによって「線」にしていくことが大切です。さらに、本書の執筆を通して、支援が人の「輪」となって広がることを目指すべきだと思うようになりました。学生さん、先生、職員の方、皆さんで読んでいただきたいと願っています。

吉川 高等教育の支援は、聞こえない人の生活や人生の向上と深く関わってくるものです。大学にもそれぞれ事情があると思いますが、どんな大学でも糸口はありますので、ぜひそこから支援を始めてほしいと思います。大学間のサポート格差も進んでいくでしょう。PEPNet-Japanでは、先進的な大学と協調してよりよい支援を追求すると同時に、全体の底上げを図る取り組みもしていきたいと思います。障害者権利条約の批准や波及も含めて考えていきたいですね。

白澤 ノートテイクによる支援体制作りは、スタートであってゴールではありません。 ノートテイクだけで教育保障が完成したと思っていただきたくないのです。聞えない学生が情報保障を受けて自分の障害と向き合い、周囲を変えていく力をつけていくために、どんな学生生活を送れるようにするべきか。教員が主体となった学生支援を考えていかなければなりません。また、コーディネーターの質の向上、情報保障の選択肢の充実など、やるべきことはまだたくさんあると思います。

瀬戸 私はこの本を地域の要約筆記の方にもぜひ読んでほしいと思っています。地域の団体に大学から相談が入ることも増えていると聞いています。大学ではどんなふうに支援をしているのか、ぜひ知識として知っておいていただければと思います。

太田 どうもありがとうございました。皆さんのお話を伺って「ノートテイク」というのはひとつの方法論にとどまらず、それ自体が価値なのだと感じました。情報弱者をけっして生まないという決意の現れであり、情報バリアフリーのシンボルであるともいえるからです。国際障害者年のテーマ「完全参加と平等」が示すように、障害のあるなしにかかわらず、誰もが人として尊重される仕組みとしてノートテイクを位置づけたいと思います。その意味では今後、高等教育のあり方や教員の指導法についても考え直す必要があるのではないでしょうか。
ノートテイクの導入は人権を保障する環境作りの第一歩にほかなりません。ぜひ皆さんと、そして障害のある学生とともに歩んでいきましょう。

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