その5 ゼミ形式・グループディスカッションにおける支援

重度または最重度の聴覚障害だけではなく、補聴器をつけて1対1でのやりとりが可能な聴覚障害者であっても、

  • 会話相手が複数、また複数で議論するような状況
  • 離れた距離での音声のみの対話
  • 話し声や騒音がある中でのことばの聞き取り

は困難になるといわれています。

挿絵:先生

また、補聴器には特性・限界があるため、軽度・中等度の聴覚障害者でもこのような状況でのことばの聞き取りは難しくなることがあります。
大学の授業の中でこのような状況が生まれるのが、ゼミ形式やグループディスカッションが行われる授業です。
一般的に大学では学年が上がるにつれ、こうした学生相互の意見交換が重視される授業が増え、それに伴って聴覚障害学生にとってはそうした形式の授業にどのように参加(聞くだけではなく、発言することも含めて)するか、どのように情報を得るか、が大きな課題になるといえるでしょう。

話し手が複数になると、ノートテイクやパソコンノートテイクなどの情報保障方法で授業のペースについていくのが非常に難しくなります。そのため、情報保障者を配置するだけでなく、授業の担当教員・周りの学生とも、困難となる状況と必要な配慮事項を共有すること・味方を作ることが重要です。
そのためには、どのようにすればスムーズに理解が得られるのかということを念頭に置き、学部・障害学生支援を担当する部署・聴覚障害学生本人などが各大学の状況に合わせて、担当教員・受講学生に説明・お願いをすることが重要になってきます。

以下では、ゼミ形式やグループディスカッションにおける支援について、その対応策や実践事例を掲載しています。(以下からご覧になりたいトピックをクリックすると、そのトピックにジャンプします)

イラスト:ディスカッション

情報保障の工夫

  • パソコンノートノートテイクの表示画面をモニタリング(共有)

学生同士の協力

  • ミーティングシートの活用
  • 情報保障者を入れず、周囲に配慮をお願いする
  • 磁気誘導システム+同じゼミ生のノートテイクで支援
  • チャットを使ったゼミ<パソコンノートノートテイクソフト「まあちゃん」の利用>
  • チャットを使ったゼミ<Skypeを利用した情報保障>

情報保障の工夫

ゼミ形式やグループディスカッションにおいては、以下に挙げる配慮・留意事項に加え、ノートテイク・パソコンノートテイク・手話通訳を行うのが一般的な支援方法です。

【一般的な配慮・留意事項+情報保障方法】

  • 担当教員への説明・お願い(どんなことに困り、何をお願いしたいのかを具体的に)
  • 座席位置の配慮
    →聴覚障害学生からすべての発言者が見渡せ、かつスクリーンやホワイトボード・情報保障が受けやすい配置を工夫する。
  • 進行の工夫
    →ディスカッションの場合は、司会役を決めて進行する
    →聴覚障害学生がFM補聴器を使用する場合は、発言者はFMマイク(送信機)を必ず持ってから発言する
    →司会は、次の発言者の名前を言って指名する
    →司会者は、聴覚障害学生が発言のタイミングを取れるよう配慮する
    →複数の人が同時に話すことがないよう、場を整理しながら進める
    →学生は情報保障者が確実に聞き取れる声量で話すように伝える
    →レポート発表の場合、発表者の読み上げ原稿があれば、あらかじめ聴覚障害学生と情報保障者に提供してもらう

【事例】パソコンノートテイクの表示画面をモニタリング(共有)

ゼミ形式の授業はIPtalkの連係入力によるパソコンテイクをスクリーンで映し出し、全員がモニタリング(共有)する形で行っています。

ゼミ形式の授業での情報保障の難しさは、

  1. 話者交代が頻繁に行われること
  2. 議論が白熱してくるとテイクが間に合わずタイムラグが生じてしまうこと
  3. タイムラグによって聴覚障害学生の発言権が守られないこと

などが挙げられます。

モニタリングの様子

これらを解消するべく、聴覚障害学生・ゼミ担当教員・コーディネーターの三者間で話し合いを行い、次のような方法をとっています。

  • 発言するときは、意見を述べる前に名前を明示する
  • 進行役を設定し、複数人で同時に発言をしないように注意しながら進めていく
  • プロジェクターを用い、スクリーンにテイク画面を映し出し、呈示状況をゼミ参加者全員でモニタリングする
  • 教員がスクリーンに背を向けている場合は、教員用のモニターを設置し、教員の目にも必ずテイク画面が入るような環境を整える

コーディネートをする際には

  • 専門用語に対応できるように同じ専攻の学生を配置する
  • 話者交代についていけるようにタイピング力のある学生を配置する

という点に注意しています。

また、事前に資料提供(レジュメなど)をしてもらえるよう、担当教員を通して学生へ働きかけをしています。
テイク中は、事前にゼミ参加者の名前を確認しておきFキーを利用する、改行を頻繁に行い、話者交代を明確に呈示するなどをテイカーに働きかけています。

モニタリングをしながらの授業進行は担当教員、受講生ともに慣れない作業のため苦情が出てくる場合もありました。
コーディネーターとして間に入り、どういった手段であれば十分な情報を得ることができるのか日々確認していくことが重要だと思います。


学生同士の協力

また、上記のような一般的な配慮事項に加えて、ノートテイク・パソコンノートテイク・手話通訳のような情報保障方法をあえて使わない、という選択肢もあります。
例えば、学生が発言する際に、「書きながら話す」というのも1つの方法です。


【事例】ミーティングシートの活用

机に貼ってホワイトボードのように書き込みができる、ミーティングシートを使いました。意見がある場合はまず挙手し、司会に指名されたら意見を書き込む、という方法で進めました。

書くために自然に要旨のまとまった意見になり、また、矢印などを書き込むこともできるので、みんなの意見をまとめるのにも役立ちました。

書く手間はありますが、結果として聴覚障害学生だけでなく、すべての学生にとって有効だったと思います。


【事例】情報保障者を入れず、周囲に配慮をお願いする

聴覚障がい学生は工学部所属で、普段は口話でコミュニケーションをとっており、1対1であればサポートがなくても会話は可能な程度でした。

3年次の秋に所属する研究室(ゼミ)が決定したので、4年次を前に研究室の教員と配慮事項について話し合いを重ねました。あわせて、学部生の実験を支援する大学院後期課程(博士課程)の学生とも、事前に面談を行い聴覚障がい学生とのコミュニケーションについて理解してもらいました。

その結果、聴覚障がい学生に個別伝える事項は本人の顔を見て話されていましたし、必要に応じて研究室の学生が話の内容をノートテイクすることもありました。ディスカッション形式ではホワイトボードが使用されています。


【事例】磁気誘導システム+同じゼミ生のノートテイクで支援

対象学生は、発話・口話が可能な学生で、文系のゼミ(研究室)に所属していました。
ゼミ開始前に、担当教員に対象学生の障害の説明と、以下のような必要になる配慮事項のお願いをし、実施してもらいました。

  1. 教員・学生の顔が見やすい座席位置の確保
  2. 磁気誘導システム(磁気ループ)の利用(教室での設置は聴覚障害学生が行った)
  3. 同じゼミ生がノートテイクをする

その結果聴覚障害学生からは、「それまで全くノートテイクがない状態でいたので、ノートテイクのありがたみが大きかった」「磁気誘導システムはザーザーという雑音がなく、音がそのまま伝わって聞き取りやすくよかった。ただ、自分でノートをとっているとき、音がとぎれることがあった。また、準備を自分でしなければならなかったのが大変だった」という感想が寄せられました。


【事例】チャットを使ったゼミ<パソコンノートノートテイクソフト「まあちゃん」の利用>

聴覚障害学生を含む全員が議論に参加できるように、チャットを使いました使用したソフトは「まあちゃん」というパソコンノートテイク専用ソフト(https://www.machanbazaar.com/よりダウンロード可能)で、画面下方に参加者の入力がリアルタイムに表示され、次に誰が発言しようとしているかがわかるようになっています。

その他、教員がペンタブレットを使って学生の発言要旨をまとめ、確認しながら議論が進められるようにしました。
(以上の様子は、「大学ノートテイク支援ハンドブック」の初版限定特別付録DVD「大学ノートテイク支援DVD 3.情報保障の実際」に収録されています)

まあちゃんを使ったチャット画面

【事例】チャットを使ったゼミ

「その4 大学院での情報保障」に掲載していますのでご参照ください


  • 編集: PEPNet-Japanコーディネーター連携事業メンバー
    河野恵美(立命館大学障害学生支援室)
  • 協力:立命館大学障害学生支援室、同志社大学障がい学生支援室、群馬大学障害学生支援室、静岡福祉大学
  • 掲載日:2009年11月27日

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