聴覚障害学生が大学で学ぶとき、また社会に出てから必要になるのが、自分にとって最適な情報保障の環境を自分自身で構築していく力でしょう。このためには、多様な情報保障手段を体験し、どのようにすれば自分が最も快適に情報を取得できるのかを知っておくことが大切です。また、情報保障の質を評価し、自分自身の働きかけによって環境を最適化していく力も身につける必要があるでしょう。

ここではこうした力を身につけるために、複数のタイプの手話通訳の利用を体験し、一口に手話通訳といってもさまざまな特徴を持った通訳があることを知るとともに、自らが求める通訳像がどんなものか考える体験をします。また、授業の通訳場面を擬似的に設定し、実際に目の前の手話通訳者に対してニーズを伝えることを通して、自分が望む情報保障環境を整えるための練習をします。

なお、聴覚障害学生の中には、手話をあまり用いない学生もいると思いますが、そうした学生も一緒にこうした研修に参加することで、新たな情報保障手段を体験する機会になることでしょう。また、場合によっては文字を使った情報保障に置き換え、同様の取り組みを行ってもよいでしょう。

◎ねらい

  • 多様な情報保障手段を体験する
  • 手話通訳には多様な特徴を持った通訳があることを知る
  • 手話通訳に対する自らのニーズを知り、通訳者に適切に伝える方法を学ぶ
  • 情報保障の質を評価し、最適化する力を身につける

◎時間

30分

◎役割及び人数

役割人数留意点
司会・講師1名高等教育機関での手話通訳利用経験の豊富な聴覚障害者が望ましい。
アドバイザー1名 同上
アシスタント1名 スライドの操作及びモデル通訳映像の再生を担当する。
手話通訳者1名 模擬通訳で手話通訳を担当する。高等教育場面での通訳経験がある者が良い。
受講生5名程度手話がわからない、もしくは、手話の使用に慣れていない学生にとっても、手話通訳はどのようなものかを見る機会となり、様々な通訳手段を経験することで視野の広がりが期待できるため、参加を推奨したい。

◎方法

詳細は指導計画を参照

1.講師は、スライドを用いて参加者全体にこれから何を行うのかを伝える。
2.はじめにパターンの異なる二つの手話通映像を提示し、感想を話し合うとともに、自分は手話通訳に対してどのようなニーズを持っているかを考えさせる。
3.提示する映像は、同一の講義内容を聞いて手話通訳を行っているものとし、以下のような2パターンであれば比較しやすい。
 ・音声日本語にそって手話単語を表出し、口形もほぼ日本語通りに使用しているもの
 ・音声日本語の語順にとらわれず、日本手話の文法を用いて表しているもの
4.自分のニーズを把握したら、実際に手話通訳者を教室内に招き入れ、どのような通訳をして欲しいのかを伝える。
5.3.で提示した映像と同じ講義内容を聞きながら、手話通訳者にできる限り学生のニーズを加味した手話通訳を行ってもらう。
6.学生達に5.の手話通訳を見た感想を聞く。

◎留意事項

  • 提示する映像は、使用する手話や表現方法に極端な差をつけておいた方がわかりやすい。これらの映像は、手話通訳者等の協力を得て、あらかじめ収録の上、準備しておく。
  • 当日お越しいただく手話通訳者は、できるだけ授業における情報保障に慣れた方にお願いし、あらかじめ研修の趣旨を十分に伝えて協力をお願いする。
  • 講師は学生の思いを汲み取り、手話通訳者に対するニーズをできるだけたくさん引き出すよう工夫する。

指導計画

実際の研修会で利用できる指導計画案を掲載しています。ご自身の大学の状況に合わせて、適宜アレンジしてご利用下さい。

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教室配置

教室配置図。内容は留意事項を参照のこと。

※手話通訳者は、前半は教室の外で待機する。後半模擬通訳の際に、学生の通訳に対する要望の話し合いが終わったタイミングで、アシスタントに呼ばれてから入室する。

留意事項

スクリーンはモデル手話通訳投影用、ホワイトボードは学生の意見をアドバイザーが随時まとめて書くために用いる。

情報保障

講師と学生が手話や文字等を用いて直接コミュニケーションを取りながら進行する。基本的に、全員がわかるような方法で指導を進めるが、話し合いの効率と内容の重要性を鑑みて、手話のわからない学生が自ら支援を求めた場合には、隣の席でノートテイクもしくはパソコンノートテイクを実施する。
※できるだけ直接的なコミュニケーションを重視するため、まずは「わからなかったら聞き返す」などの基本姿勢を確認する。あわせて、企画開始前に司会から「情報保障が必要な場合は申し出でほしい」と伝える。

進行・展開

  • 自己紹介・趣旨説明(5分)
  • 「自分の通訳ニーズを知ろう!」
    ・2つの異なる特徴を持ったモデル手話通訳映像を見る(3分)
    モデル手話通訳映像は、同一の講義内容で、あらかじめ2パターン各1分程度を収録しておく。パターンは、音声日本語に沿って手話単語を表出し、口形もほぼ日本語通りにつけているパターンと、音声日本語の語順にとらわれず、日本手話の文法を用いて通訳しているパターンの2つがあると比較がしやすい。
    ・自分の通訳ニーズを考える(5分)
    モデル通訳映像を見た感想を話し合い、手話通訳に対して自分がどのようなニーズを持っているかを明確にする。話し合われた内容は、アドバイザーが適宜ホワイトボードに書いていく。
  • 「実際に手話通訳を受けてみよう!」(模擬通訳)
    ・アシスタントが手話通訳者を教室に招く。
    ・通訳者に自分たちのニーズを伝える(3分)
      話し合いで挙げられたニーズをまとめて、代表の学生から通訳者に伝える。
    ・通訳を受ける(2分)
      通訳者は、ニーズを反映させて手話通訳を行う。
    ・振り返り(5分)
      ニーズを伝えた上で通訳を受けた感想を学生に聞く。
  • まとめ(5分)
    司会・講師、アドバイザーからまとめを述べると共に、情報保障を使いこなすことの重要性を伝える。

留意事項

自分のニーズをすべて伝えてもよいのだという体験をさせるため、ニーズは一部抜粋するのではなく、全て言うように司会が促す。

指導教材資料

  • スライド資料(当日の進行を簡潔にまとめたもの)
  • モデル手話通訳原文

【参考資料(本研究をベースに企画を立案)】

  • 石野麻衣子・吉川あゆみ・松崎丈・白澤麻弓・中島亜紀子・蓮池通子・中野聡子・岡田孝和・太田晴康(2011)学術的内容の高度専門化に伴う聴覚障害者の手話通訳に対するニーズの変化.第49回(2011弘前大会)日本特殊教育学会発表論文集,363.
  • 手話通訳チェック表

指導教材

実際の研修会などで使用可能な教材を掲載しています。ダウンロードの上ご使用ください。

プレゼンテーション資料

説明時に講師が用いたスライドの例

スライドサムネイル画像

手話通訳映像原文

手話通訳映像の書き起こし文。印刷の上、参加者全員に配布。

資料サムネイル画像

【参考】手話通訳評価表

手話通訳の評価の観点を示した表。講師用参考資料。

資料サムネイル画像

【参考】研究論文

本研修の元になった研究論文。講師用参考資料。

資料サムネイル画像

なお、手話通訳のモデル映像については、PEPNet-Japan「大学での手話通訳ガイドブック―聴覚障害学生のニーズに応えよう!―」の添付DVDをご利用いただくことができます。

教材作成:大杉豊氏(筑波技術大学 障害学生高等教育研究支援センター)

※本教材の著作権はPEPNet-Japanに帰属しています。研修会等で編集の上ご利用いただくことは可能ですが、クレジット表記などは変更しないようお願いします。
※教材を使用される場合には、必ずこちらの「教材の使用方法」をお読みの上、注意に従ってご利用ください。

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