その3 通信部に在籍する聴覚障害学生への支援

通信部に在籍する聴覚障害学生への支援は、その課程の性質上、通学課程とは異なる点が多くあります。
例えば、通信部の大きな特徴であるスクーリングは、開講期間や時間、会場の環境が様々で、支援室を確保・配置するのが困難であるなど、その対応に頭を悩ませている大学も少なくないでしょう。

ここでは、通信部に在籍する聴覚障害学生の支援について、問題としてよく挙げられるものを取り上げ、それらに対応した実践事例を掲載しています。

※通信部、通信課程、など様々な呼び方がありますが、ここでは「通信部」とします。
(以下からご覧になりたいトピックをクリックすると、そのトピックにジャンプします)

挿絵:先生

障害学生の状況把握

通信部は日頃支援担当者が障害学生と顔を合わせることが少なく、日常の様子を把握しづらい面があります。

また、障害学生と支援者もスクーリングや科目修了試験、ガイダンス(以下、スクーリング等)の場で初めて顔を合わせることがほとんどで、支援者がスムーズに支援に入れるための工夫も必要です。


【事例】障害学生の状況把握のために
  • 事前面談の実施
    入学前に事前面談を大学にて行い、障害状況や入学後の履修に関する確認を実施しています。
  • スクーリング等の配慮依頼
    スクーリング等の際、手話通訳やノートテイクを希望する場合、授業登録(スクーリング受講申し込み)時に「スクーリングの受講について」もしくは「夏期スクーリング受講介助依頼申込書」に記載の上、同封するように案内しています。
  • 学生カルテの作成

障害学生の状況を個別に管理するために、個別カルテを作成しています。(右写真)
①事務局用・・・障害学生との連絡記録をファイル。また、健康状態や希望している情報保障手段等についても記録。
②支援者用・・・手話通訳者やノートテイカーに授業の引き継ぎ事項などを記入してもらう連絡帳。障害学生の顔写真も掲載。

学生カルテ

また、顔を合わせる機会が少ないという点では、以下についても注意が必要です。


【事例】 連絡体制を整える

障害学生が何か不安な点があった場合や、逆に支援担当者が障害学生に確認しておきたいことがある場合などのために、障害学生と連絡がとれる体制を作っておくことは大切です。
まずは担当者の窓口を明確にしておきましょう。たとえ顔を合わせる機会が少なくても、窓口が明確にされていることで、障害学生も安心して学ぶことができるでしょう。

くれぐれも電話番号だけでなく、メールやFAX番号も掲載し、聴覚障害学生でもアクセスしやすいようにします。

イラスト:支援担当窓口

支援者の募集・確保

支援者の確保や派遣に、苦労されているところは多いのではないでしょうか。通学課程の学生に呼びかけるのはもちろんですが、それだけでは人数が確保できないこともあるかと思います。
また、スクーリングの開催地が多方面に亘る場合や交通が不便な場合は、支援者の確保や派遣に影響がある場合もあります。

下にいくつかの事例を掲載しておりますのでご覧ください。
また、あわせて実践事例アイディア集その1「支援者の募集・確保」についてもご参照いただければと思います。


【事例】 他大学の学生を巻き込む

他大学の障害学生支援室等を訪問し、協力依頼を行っています。広報に協力いただき、興味を持ってくれた学生さんから直接問い合わせてもらい、登録する形をとっています。

また効果的なのは、学生同士の口コミです。京都には複数の大学の学生たちが集まって作っている大学合同の手話サークルがあり、所属している学生を通じて呼びかけてもらっています。支援活動を行っている学生からの口コミ、というのは何にもまして強力なPR手段です。


社会資源の活用

  • 市民対象に支援者養成講座を開き、養成する
    通信部だけのことではありませんが、ボランティアに関心のある近隣住民の方々を巻き込む、というのも1つの方法です。
    社会福祉協議会を通して募集の案内をすることもできますし、大学で開講している市民対象講座の参加者などに呼びかけることもできるでしょう。
  • 要約筆記者・手話通訳者の派遣団体に依頼する
    支援者が不足してしまった場合や確保そのものが困難な場合、地域の通訳者(要約筆記者や手話通訳者)を派遣してもらうことができる場合があります。(ただし、大学等への派遣は有料であることが通常です)
    特に、手話通訳は高度な技術が必要、養成に時間がかかるなどの理由から、大学で養成することはほぼ不可能です。
    派遣団体は、県もしくは市区町村の障害福祉課、または、聴覚障害者情報提供施設に問い合わせてみてください。
    ただし、スクーリングは多くの通訳者を必要とするため、人手不足と断られるケースもあり得ます。前段でも述べたとおり、会場によっては交通アクセスの保障も必要不可欠になってくることでしょう。

例えばできるだけ大学で支援者を確保し、賄いきれない時間帯のみ依頼する、という方法もあります。
ただし、大学で養成した支援者と地域の要約筆記者ではノートテイクのやり方が異なることがあり、聴覚障害学生が混乱することもあります。
あらかじめある程度の状況を説明しておき、さらに1日の終了後に支援担当者が聴覚障害学生に話を聞いたり、気づいた点を記入してもらう振り返りシートを用意するなどして、フォローできる体制も整えたいところです。

イラスト:ノートテイクの様子

<参考:TipSheet「高等教育における手話通訳」TipSheet「手話通訳による支援」


【事例】事務同士の連携体制を

聴覚障害学生が通信部に入学した当初、通学課程では支援体制があり、ノートテイカーの派遣も行われていたのですが、通信部では行われていませんでした。
初めはなかなか通学課程との連携がうまくいかず、通学課程の支援学生にスクーリングへの協力を呼びかけることができなかったのですが、少しずつ連携がとれていき、無償の支援を経て、今では通信部でも通学課程と同額の謝礼金を支払うことができるまでになりました。
スクーリング等に参加の際に、特別配慮(ノートテイクや資料提示など)を希望の場合、その都度書式に記載のうえ大学に提出してもらい対応するようにしています。


【事例】派遣団体との連携

大学で開講する際は通学課程の学生を派遣しているのですが、大学外までは派遣ができません。そのため、大学外は要約筆記の派遣団体に依頼しています。
大学での開催であれば、支援担当者が聴覚障害学生と顔を合わせることもできるのですが、大学外では難しいため、聴覚障害学生や通訳者からは毎回気づいたことをその日のうちにメールしてもらうようにしています。


支援者の配置・コーディネート

「支援者の募集・確保」で述べたように、通信部では支援者の確保が困難なため、外部に依頼するなどで支援担当者と支援者も面識がない場合が起こりえます。また、障害学生の日頃の様子がわからないだけに、コーディネート時にも留意すべきことがあります。

加えて連続する講義が数日間続く場合、支援者の身体的・精神的な負担が多くなることにも留意し、過度な負担にならないよう、コーディネートしましょう。

さらに、他大学の学生、派遣団体からの通訳者、地域住民など、様々な立場の人たちに協力をもらうこともあり、派遣に関する規程作りも大切です。


【事例】支援者の配置とコーディネート
  • コーディネート時の留意点
    特に手書きノートテイクは大学によって方法が異なることがあるため、他大学の学生だけにならないようにコーディネートし、必ず本学の学生が1名入るように配置しています。それがどうしても難しい場合でも、本学でのノートテイク経験のある学生を必ず配置するようにしています。
  • 控室の用意
    スクーリング時、聴覚障害学生と支援者との顔合わせのための控室を設けています。そして、必ず事務局(支援担当者)1名が別室で待機するようにし、円滑に待ち合わせができるようにしています。
  • 謝金・交通費の扱い
    本学の通学課程の学生の場合、基本的に交通費は支給していません。ただし、夏期休暇期間中は実費支給としています。
    また、他大学の学生にも実費支給しています。ただし、1日あたりの上限を片道1500円として、大学より半径2キロメートル以内に居住する場合は支給していません。
    また、学外実習などで現地集合の場合は、集合場所までの交通費を支給しています。

また、専門的な講義やゼミでの情報保障では特に、方法の違いだけでなく、質についても考慮したいところです。
情報保障者の技術だけではなく、教員からの適切な配慮も特に重要になってきます。(その5「ゼミ形式の授業における支援」もご参照ください)

さらに、扱う範囲が広い場合もあり、支援者が十分な事前学習をしてのぞめることが理想です。


【事例】教科書の貸し出しと共有ロッカー

専門的な内容の講義だったため、支援者には事前に教科書を貸し出して事前学習してもらっています。
また、返却のために支援者共有のロッカーを用意し、職員が不在の際も教科書の貸し出し、返却が行えるようにしました。
スクーリング期間中はたくさんの支援者に関わっていただくため、教科書は複数部用意し、誰にいつからいつまで貸し出すかも事前に計画を立ててきちんと管理するようにしています。


最後に

学問を追究したい、資格取得を目指す、と学習に対する明確な目標を持ち、また仕事に役立つ専門知識を身につけるために、仕事を持ちながら勉強する方法として、大学等の通信部に学ぶ社会人の増加が顕著です。
これは聴覚障害者に特別なことではなく、社会全般の傾向と言えるでしょう。

成人聴覚障害者の場合、それまでの通訳利用体験から、スクーリングの際には情報保障がなくては十分な学習の機会が保障されないことを認識し、大学の支援の有無、支援の方法を学校選びの条件にしている例もあるようです。
通学課程に新入学してくる聴覚障害学生とは違い、明確なニーズを持って入学してくる学生も多いことでしょう。

また、すでに高等教育機関を卒業した学生も多く、自身の出身大学との違いにとまどってしまうこともあるかもしれません。
そのため、聴覚障害学生のニーズを詳しく聞くとともに、大学での支援の様子を説明し、大学としてできること、できないことをきちんと伝え、お互いが納得した形で聴覚障害学生の学びを支えていきましょう。

マメ知識

私立大学では、障害学生支援のための予算交付を受けることができます。
日本私立学校振興・共済事業団から支払われる私立大学等経常費補助金(特別補助 就学機会の多様化推進メニュー群7障がい者の入学の推進)の増額措置です。
これには「通信教育(部・課程)と通信教育を行う修士・博士課程(通信制大学院)に在籍する学生」も含まれますので、ぜひ活用したいところです。

詳しくは聴覚障害学生支援FAQ「聴覚障害学生支援に関わる予算的な補助どのようになっていますか(私立大学)?」をご覧ください。

  • 編集:PEPNet-Japanコーディネーター連携事業メンバー
    倉谷慶子(関東聴覚障害学生サポートセンター)
    高橋明美(みやぎDSC)
    江馬裕子(みやぎDSC)
  • 協力:佛教大学
  • 掲載日:2009年11月27日

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